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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第六章
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「優一、風呂行くぞ」

(この人もか! っつかいきなりだな)

「何だ? その目は」

「いえ。……分かりました。行きましょう」

 どんな目をしていたかは言うまでもないが、了承したことには訳がある。

 無論、こっちの言い分など聞く耳を持っていないだろうからだ。

 この考えを知ってか知らずか、榊さんのしれっとした言葉には素直に頭にきた。

「なんだ、随分と素直になったじゃないか」

「えぇ、えぇ。お蔭さまで。でも条件があります」

「条件……?」

「俺の体に触れない事。以上です」

「……努力はしよう」

(本当かよ……)

 いまいち信じ難くて口元が引き攣る。

 夕食後、俺達は一旦部屋に戻り、明日の予定を榊さんと再確認して漸く落ち着いたところだ。

 時間的に他の連中はもう風呂を済ませている頃だろう。

「一度フロントに寄って行くから、先に行っていてくれ」

「? 分かりました」

 着替えを持って一緒に部屋を出て、途中で別れた。

 もちろん、大浴場も貸し切りだ。

 静かな脱衣所で服を脱ぎ、一応タオルを腰に巻き付けて浴室へ……。

 湯気の立ち込める中。

 こっちに背中を向けて身体を洗う人影を見つけた。

(まさか……、小笠原じゃねえだろうなぁ)

 眉間に皺を寄せ、不安な面持ちで近付く。

 と、予想が外れたことにホッとした。

「木村さん」

「おや。英店長」

 俺の声に反応して顔を向けてきた木村さんが、にこやかに迎えてくれた。

 そんな彼の隣に腰を落ち着かせ、蛇口を捻る。

「木村さんっていつも風呂遅いんですか?」

「そうでもないよ。ただ、今日は食後の運動に少し外に出たものでね」

「なるほど。散歩ですか」

「そうですそうです。涼しくて気持ち良かったですよ。――店長は、部屋に?」

「ええ。榊さんと明日のことをちょっと」

 苦笑混じりに答えて、俺も身体を洗い始める。

「じゃあ、榊くんも来るのかい?」

「はい。フロントに寄ってから来るそうです。――小笠原はどうですか?」

「ハハハ。気になりますか。さすが店長ですねぇ」

「責務というより、これはもう癖ですよ」

「癖というのは、そうそう身に付くものではないですよ。誇っていいと私は思います」

「そう、ですかね……」

「ええ」

 真っ直ぐな言葉を投げかけられると、少しばかりくすぐったい。

「それじゃあ私はこれで」

「あ、はい。また明日も宜しくお願いします」

 浴室から出て行った木村さんと入れ違いに、榊さんが入って来た。

「やっぱり誰も居ないか」

「そうですね。でもさっきまで木村さんがいましたよ」

 こっちに近付いてくる榊さんに俺は顔を向けられずにいた。

(物凄く、居辛いんだけど……っ!?)

 俺は丁度体を洗い終えたところで、掛け湯をして湯船に浸かろうとした、が――

「ちょっと待て」

 榊さんが俺の肩を掴んで呼び止めた。

「な、何ですか?」

「背中流せ」

「……はい?」

「いいから、こっちに来い」

「ちょっと! 触れないって約束でしょう!?」

 肩を掴んだまま離さない榊さんを何とか睨みつける。

 が、榊さんの目力の方が威力が何倍も上だった。

「先輩の背中くらい喜んで流せないのか?」

「っ……わ、わかりましたよ!」

(こういう時ばかり先輩風吹かしやがって……!)

 こうなったら力いっぱい背中を擦ってやる。なんて企むも――

「お。なかなか上手いな」

「そうですか……ありがとうございます……」

 逞しい背中を目の当たりにした瞬間、俺の決意は呆気なく砕け散った。

(何ドキドキしてんだ俺!!)

 この高鳴りはこの背中からくる圧力からなのか、それとも……、

(いやいやいや、それ以外ねーだろ! すげぇ身の危険感じるし……もちろん変な意味じゃなくっ!)

 強引に自分の気持ちをハッキリさせつつも、身体は言う事を聞いてくれない。

 今の状況が非常に恥ずかしい。

 男同士なのだから、恥ずかしがることなんて何もないはずなのに。

「優一」

「! ……何ですか?」

「何を慌ててるんだ」

「別にっ、慌ててなんか……」

 言葉に詰まって視線を落とすと、こっちを振り返った榊さんが俺の頬を両手で包んだ。

「顔赤いな。のぼせでもしたか?」

「あ……ゃ……」

 咄嗟の事に言葉が上手く出て来ない。

 眼鏡を掛けていないせいか、いつもより榊さんが近く感じる。

 隔てる物がないからなのか、それは真っ直ぐに俺を捉えた。

「優一?」

 何か行動に移して来るかと思い緊張していたが、思いの外心配する榊さんの声に頭がハッキリとしてきた。

「あ、すみません……。大丈夫です」

(まだ湯にも浸かっていないのにのぼせるとか勘弁してくれ――)

 自分は大丈夫だと心の中で言い聞かせ、頬にある手をそっと払い除けて立ち上がった。

「先、入ってますね」

 榊さんの返事は待たずに逃げるようにその場から離れた。

(少し落ち着け俺。大丈夫だ、大丈夫……)

 身体を洗っているはずの榊さんから出来るだけ離れた所を選んで湯船に浸かる。

(大体、ちゃんと約束したんだし、変に身構える必要ねえって。それに俺は……別に好きじゃねえし……)

 しかしそう思えば思う程、頭は榊さんのことでいっぱいになっていく。

 大きな沼にはまってしまったような。そんな気がした。

 風呂の淵に頭を預け、立ち込める湯気をぼんやり眺める。

 髪から水滴が顔に伝ってきて、瞼を濡らす。

 ゆっくりと瞬きをするとそれが頬へと伝って行く。

(すげ……気持ち良くなってきたなぁ。そいやぁどれくらい振りだっけ、温泉)

 瞼を閉じたら眠ってしまいそうなほど、心地良くなっていった。

(俺、相当疲れてたのか?)

 一瞬意識が途切れた後、背中に伝わる違和感に目が覚めた。

 まだぼんやりする頭のまま、ゆっくり視線を上げて行くと、

「――……え?」

 俺の思考は停止した。

「お前、一瞬寝てただろ。湯あたりするから気をつけろ」

 至近距離で俺を見つめる榊さんが平然と言ってのけたから頭が混乱した。

「な……に、してんですか!?」

 俺を背後から抱き込むようにして湯に浸かっている榊さんに、漸く突っ込みを入れることができた。

 しかし、榊さんの淡々とした口調は更に続いた。

「何って、溺れないようにしてやってたんだろうが。礼は言われても文句を言われる筋合いはないぞ」

「嘘付け! なら起こしてくれれば良かっただろうが!」

「こんなチャンス、俺が逃すとでも思ってるのか?」

「何平然と開き直ってんだあんたは!!」

(あーもー最悪だ……っ)

 とにかく離れなければと体を起こそうとすると、強い力がそれを阻んだ。

 更に俺を抱く力が増す。

(~~~って、当たってんだよ……!!)

 後ろに感じる相手のモノにかぁっと身体が熱くなる。

「俺には触れないって約束だったでしょうッ」

「ああ、だから我慢してやっただろう? 最初は」

「最初はって……今も我慢して下さいよ……」

「無理だ」

「――!? どうして……っ」

 すると、俺の肩に榊さんが顔を埋めて来た。

「好きだからだ。それ以外に何がある」

 俺の耳をくすぐる声に、ピクリと体が反応した。

 どこか切なく感じるこの人の声に、これ以上拒むことなんかできない気がした。

「――凄く綺麗だと思った」

「え……?」

「お前の全部が」

「全部……って、何言ってるんですかッ」

 静かに呟かれた言葉は、すぐ横にある俺の耳にはハッキリと聞こえて来て顔が更に熱くなる。

「ここも」

「ちょ、榊さん……っ!」

 俺の肩口に榊さんが唇を当てる。

「ここも……」

 今度は背中に……。

 そして、

「ここも……綺麗だ」

「さ、かきさん! もう止め――っ」

 俺の耳元で囁かれた熱っぽい声に我慢できず、榊さんを振り向いて身体を押し返す。

 しかし、抵抗するよりも早く榊さんに腕を取られて、今度は唇にそれが触れた。

「――んっ!!?」

 この人に触れられている全てが熱い。

 唇が特に……熱い。

 優しく触れた唇が、今度は少し強引に俺を攻める。

 抱き込まれるようにして顎を取られ、身動きのできない俺は呆気なく榊さんの舌を受け入れてしまった。

「ぁ……ぅン…、……んっ」

 擦り合う唇が更に熱を増す。

 口内を掻き回す舌がいやらしい音を立てる。

 それは静かな浴室には良く響き、更に身体の熱を追い立てた。

(頭、が……くらくらする……)

 熱い。

 苦しい。

 涙が出る。

 好きなんかじゃないはずなのに、苦手だったはずなのに……、

 ――俺は、

 不覚にも……

 気持ちがいいと、思ってしまった――


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