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* * *
「……ん、……」
(朝……? って、何か頭重っ)
上体を起こして頭を押さえる。
(……あれ。俺、ちゃんとベッドで寝てたのか。ここまで来た記憶があるような……ないような……)
昨日はマンションまで榊さんと一緒だったのを覚えている。
でも、その先の記憶が曖昧だ。
(珍しく酔ったのか? まぁ、確かに飲み過ぎたとは思うけど……。いや! ちょっとまて)
働き始めた頭が徐々に記憶を取り戻していく。
「……はっ!」
(そ、そうだ! 俺、あの人と……っ)
ついに記憶が蘇って咄嗟に口を押さえる。
(落ち着け俺! あの後は……うん、何もなかったはずだ……)
頭が重いのは、きっと飲み過ぎたせいだろう。
行為に及んだ場合、重くなるのは別の個所のはず。
(うん。ないない大丈夫だ。っつかあってたまるか!)
そう結論付けてベッドから抜け出そうとしたところで、自分の身なりに目を見開く。
上のカッターシャツのボタンが外れていて、肌が大きく露出していたのだ。
(っ!!? ……酔うと脱ぐ癖があるとか! はは、そうだったのかー……知らんかったー……――って、ンだこれは!!?)
嘲笑しかけた矢先、胸元に残る小さな赤い痕に、俺は絶句して顔から血の気が引いて行くのを感じた。
そこへ、
「朝から百面相とは、賑やかだな」
と他者の声がしてビクリと肩が跳ねた。
「はあ!? 何であんたがいるんだよ!」
「なんで、って……一緒に帰ってきたからだ。あと、コーヒー貰ったぞ。お前も飲むだろ?」
平然と言ってのける榊さんに、俺は軽く眩暈を覚えた。
(あれ……俺がおかしいのか? 違うよな??)
それに、前にも同じことがあった気がする。
場所と経緯は違うが、状況は似ている。
「……なんで帰らなかったんですか……」
「終電、逃したからな」
(――そうだった……)
打ち上げだったから、もちろん車も自宅だろう。
「しかし、まさか優一があんな体質だったとは思わなかったな」
「はい? ……何のことですか?」
コーヒーカップを受け取りながら、彼を見上げて首を傾げる。
「酒だけじゃ酔わないけど、飲んだ後にああいうことをすると酔いが回る」
「……え?」
「やっぱり、覚えていないのか」
はぁ、と小さな溜息が榊さんから零れた。
「あの、ちょっと待って下さい? ああいうことって、どういう……」
「キスしたろ」
「そ、それはっ……覚えてますけど……。え、え? ちょ、まさか……ヤっ……!?」
(榊さんとヤったのか俺!!?)
わなわなと身体が震えだす。
ただの二日酔いじゃなかったという可能性が生まれてしまい、驚愕のあまりベッドの上を這って彼から距離を取った。
しかし、榊さんが俺に腕を伸ばしてその距離を縮めて来た。
「ちょ、来んなバカ!!」
更に後退しようとしたところで、榊さんに腕を掴まれる。
「――危ね……。零れるだろ、コーヒー」
「……へ?」
そう言われて自分の手元に視線を落とすと、ミルクと混ざり合ったコーヒーがカップの中で大きく揺れていた。
「あと言っておくが、俺は酔い潰れた奴を抱く趣味はない」
「え、でも……」
そうであったなら、この胸にある痕はどう説明してくれるのだろうか。
俺の訝しむ視線に、榊さんがピクリと動いた。
「……痕を気にしているなら、それは優一が眠る前に俺がつけた物だ。まあ、記憶にないなら、既に酔っていたってことなんだろうけどな。とにかく、それ以上は何もしていないから安心しろ」
(……信用、していいのか? 嘘を言っているようには見えねぇけど……。っつか、そうなら俺はキスだけで酔いが回ったってことか!?)
そういう体質だったとしても、それはそれでショックだ。
「そんなことより、優一」
「な、なんですか?」
やっと身を離した榊さんが緩く肩を竦めた。
「遅刻するぞ」
「……ああ!! 早く言って下さいよ!」
「先輩をバカ呼ばわりした罰だ」
「っ……」
誰のせいだ! と言いそうになって口を閉じる。
自分の勘違いでコーヒーを零しそうになったのだ、文句は言えない。
悔しくて唇を噛みたくなる衝動にかられたが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
俺はコーヒーを飲み干して、ベッドから慌ただしく飛び降り、支度を始めた。
「優一」
「何です?」
手を止めないまま返事をする。
「店の方に社員旅行の日程、メール入れとくから、早めに目を通して返信するようにな」
「……分かりました」
そうだった。そんなイベントも控えていた。
思い出した途端気だるさが襲ってきたが、体を動かすことで紛らわせた。
今日は朝食抜きでも仕方がない。
あと一時間もすれば昼だ。
それまで我慢くらいできるだろう。
リビングに来て悠長にコーヒーを啜っている榊さんに眉尻を下げる。
「この時間にこんなところで油売ってるってことは、榊さんは今日お休みですか」
「いや? お前と同じP帯だな」
「……はい?」
予想外の返答に耳を疑った。
「じゃあ何でそんな落ち着きはらってんですか!」
「津田に連絡済みだからだ。ここからだと、俺は完全に遅刻だからな」
今度は呑気にコーヒーカップを洗い始めた。
(なんでそこまで俺に合わせ……――)
浮かんだ疑問の答えにピンと来て、俺は熱くなる頬に気付かない振りをしながら眉を寄せた。
「――仕事より自分の感情を優先させるなんて、あんたらしくないんじゃないですか」
「……かもな。でも、お前を振り向かせるためなら、何だってやるさ」
「っ……何、言ってんだか……」
プィと顔を背けながら、吐き捨てるように呟いてカバンを持ち上げた。
彼の小さく笑うような息に、またじわりと頬が火照り出す。
一緒にいたら、流されてしまいそうだ――。
「もう行きます。榊さんも出て下さい」
極力相手を視界に入れないようにして、足早にマンションを出た。
(……って! ここから駅まで一緒ってことか!)
サンサンと降り注ぐ夏の日差しに、俺は軽く眩暈を覚えるのだった。
【第五章/終】




