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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第五章
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 * * *


「……ん、……」

(朝……? って、何か頭重っ)

 上体を起こして頭を押さえる。

(……あれ。俺、ちゃんとベッドで寝てたのか。ここまで来た記憶があるような……ないような……)

 昨日はマンションまで榊さんと一緒だったのを覚えている。

 でも、その先の記憶が曖昧だ。

(珍しく酔ったのか? まぁ、確かに飲み過ぎたとは思うけど……。いや! ちょっとまて)

 働き始めた頭が徐々に記憶を取り戻していく。

「……はっ!」

(そ、そうだ! 俺、あの人と……っ)

 ついに記憶が蘇って咄嗟に口を押さえる。

(落ち着け俺! あの後は……うん、何もなかったはずだ……)

 頭が重いのは、きっと飲み過ぎたせいだろう。

 行為に及んだ場合、重くなるのは別の個所のはず。

(うん。ないない大丈夫だ。っつかあってたまるか!)

 そう結論付けてベッドから抜け出そうとしたところで、自分の身なりに目を見開く。

 上のカッターシャツのボタンが外れていて、肌が大きく露出していたのだ。

(っ!!? ……酔うと脱ぐ癖があるとか! はは、そうだったのかー……知らんかったー……――って、ンだこれは!!?)

 嘲笑しかけた矢先、胸元に残る小さな赤い痕に、俺は絶句して顔から血の気が引いて行くのを感じた。

 そこへ、

「朝から百面相とは、賑やかだな」

 と他者の声がしてビクリと肩が跳ねた。

「はあ!? 何であんたがいるんだよ!」

「なんで、って……一緒に帰ってきたからだ。あと、コーヒー貰ったぞ。お前も飲むだろ?」

 平然と言ってのける榊さんに、俺は軽く眩暈を覚えた。

(あれ……俺がおかしいのか? 違うよな??)

 それに、前にも同じことがあった気がする。

 場所と経緯は違うが、状況は似ている。

「……なんで帰らなかったんですか……」

「終電、逃したからな」

(――そうだった……)

 打ち上げだったから、もちろん車も自宅だろう。

「しかし、まさか優一があんな体質だったとは思わなかったな」

「はい? ……何のことですか?」

 コーヒーカップを受け取りながら、彼を見上げて首を傾げる。

「酒だけじゃ酔わないけど、飲んだ後にああいうことをすると酔いが回る」

「……え?」

「やっぱり、覚えていないのか」

 はぁ、と小さな溜息が榊さんから零れた。

「あの、ちょっと待って下さい? ああいうことって、どういう……」

「キスしたろ」

「そ、それはっ……覚えてますけど……。え、え? ちょ、まさか……ヤっ……!?」

(榊さんとヤったのか俺!!?)

 わなわなと身体が震えだす。

 ただの二日酔いじゃなかったという可能性が生まれてしまい、驚愕のあまりベッドの上を這って彼から距離を取った。

 しかし、榊さんが俺に腕を伸ばしてその距離を縮めて来た。

「ちょ、来んなバカ!!」

 更に後退しようとしたところで、榊さんに腕を掴まれる。

「――危ね……。零れるだろ、コーヒー」

「……へ?」

 そう言われて自分の手元に視線を落とすと、ミルクと混ざり合ったコーヒーがカップの中で大きく揺れていた。

「あと言っておくが、俺は酔い潰れた奴を抱く趣味はない」

「え、でも……」

 そうであったなら、この胸にある痕はどう説明してくれるのだろうか。

 俺の訝しむ視線に、榊さんがピクリと動いた。

「……痕を気にしているなら、それは優一が眠る前に俺がつけた物だ。まあ、記憶にないなら、既に酔っていたってことなんだろうけどな。とにかく、それ以上は何もしていないから安心しろ」

(……信用、していいのか? 嘘を言っているようには見えねぇけど……。っつか、そうなら俺はキスだけで酔いが回ったってことか!?)

 そういう体質だったとしても、それはそれでショックだ。

「そんなことより、優一」

「な、なんですか?」

 やっと身を離した榊さんが緩く肩を竦めた。

「遅刻するぞ」

「……ああ!! 早く言って下さいよ!」

「先輩をバカ呼ばわりした罰だ」

「っ……」

 誰のせいだ! と言いそうになって口を閉じる。

 自分の勘違いでコーヒーを零しそうになったのだ、文句は言えない。

 悔しくて唇を噛みたくなる衝動にかられたが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 俺はコーヒーを飲み干して、ベッドから慌ただしく飛び降り、支度を始めた。

「優一」

「何です?」

 手を止めないまま返事をする。

「店の方に社員旅行の日程、メール入れとくから、早めに目を通して返信するようにな」

「……分かりました」

 そうだった。そんなイベントも控えていた。

 思い出した途端気だるさが襲ってきたが、体を動かすことで紛らわせた。

 今日は朝食抜きでも仕方がない。

 あと一時間もすれば昼だ。

 それまで我慢くらいできるだろう。

 リビングに来て悠長にコーヒーを啜っている榊さんに眉尻を下げる。

「この時間にこんなところで油売ってるってことは、榊さんは今日お休みですか」

「いや? お前と同じP帯だな」

「……はい?」

 予想外の返答に耳を疑った。

「じゃあ何でそんな落ち着きはらってんですか!」

「津田に連絡済みだからだ。ここからだと、俺は完全に遅刻だからな」

 今度は呑気にコーヒーカップを洗い始めた。

(なんでそこまで俺に合わせ……――)

 浮かんだ疑問の答えにピンと来て、俺は熱くなる頬に気付かない振りをしながら眉を寄せた。

「――仕事より自分の感情を優先させるなんて、あんたらしくないんじゃないですか」

「……かもな。でも、お前を振り向かせるためなら、何だってやるさ」

「っ……何、言ってんだか……」

 プィと顔を背けながら、吐き捨てるように呟いてカバンを持ち上げた。

 彼の小さく笑うような息に、またじわりと頬が火照り出す。

 一緒にいたら、流されてしまいそうだ――。

「もう行きます。榊さんも出て下さい」

 極力相手を視界に入れないようにして、足早にマンションを出た。

(……って! ここから駅まで一緒ってことか!)

 サンサンと降り注ぐ夏の日差しに、俺は軽く眩暈を覚えるのだった。



【第五章/終】


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