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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第五章
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 終電という遅い時間のせいか、乗客は少ない。

(気まずい……)

「で、どうなんだ?」

「え?」

「心当たり、ある奴だったのか?」

(あぁ、さっきの話の続きか)

 俺はどこから話そうかと、指先で顎を撫でた。

「――えーっと、多分、ですけど……」

「……」

「夏カフェの時に一度来たお客さんかと……」

「客? 一度来ただけで顔を覚えていたのか?」

 もちろん、それだけではあの暗がりで、もしかしたらなどという顔の照らし合わせなんて出来ないかもしれない。

 でも、なんとなく印象に残る客だったから、頭の片隅に残っていた。

「ちょっと、変わったお客だったんです。男なんですけど、友人にプレゼントするから何かオススメないかと尋ねられて。その時に俺の好みで選んで欲しい、みたいなことを……」

「……は?」

「あ、もちろん他にも不可解な点はあるんですけど、男のお客にそれ尋ねられたのは初めてだったので」

 女性客からならそういった類の質問攻めには免疫がついている。

 だから男性客からというのはちょっと新鮮だったというだけの話なのだが……。

「不可解な点って?」

「あ、えーっと、それは……」

(話した方がいいのか? でも、アイツが言ったことだし、これこそ信憑性に欠けるんじゃねえかな……)

 もし、店でのその男の視線に小笠原じゃなく俺自身が気付いていたのなら、まだ説明のしようはあるが……。

「優一」

 催促されて、俺は小さく息を吐いた。

 とりあえず、言うしかない。

 俺はその男が店に来た時の事を、榊さんに明確に伝えた。

「それは、完全にお前目当てだな」

「……え」

 榊さんは俺を見るなり、あからさまに大きな溜息を零した。

「えじゃないだろ。優一はもっと己を知るべきだな。いっそ自惚れるくらいが丁度いい」

「……それは無理です」

(それに近い小笠原やあんたのような人間になるのだけは絶対に嫌だ。断固拒否!)

 開き直ってしまえば気にもならなくなるのかもしれないが、ナルシシズムになる勇気など端から持ち合わせてはいない。

「なにも完璧になれって言ってるんじゃない。少しでいいから自分が好意を持たれやすい人間であると自覚しろと言ってるんだ。女からも、……男からも、な」

「男からって……」

(――あ)

 無いとは言えない自分にガクリと首を落とした。

(それでも、自惚れるとか無理だっての……)

「まあ、さっきの男がその客かは不明でも、警戒しておとくに越したことはないからな。また来たら直ぐ俺に電話してこい」

「はぁ……」

 話が一段落ついたところで電車がホームへ到着し、下車して駅を出た。

 もちろん、榊さんもバッチリついてきている。

「本当に家まで来るつもりですか?」

「当然だろ。何のためにここまで来たと思ってるんだ。ここで引き返したら意味がない」

(いやいや、もう十分助かりましたから! ……っつっても強引について来るんだろうな……)

 諦めて、真っ直ぐマンションまでの道を歩く。

(今もストーカーが近くに居たとしたら、電車にも一緒に乗って来ていることになるからな。……って、それはさすがに怖いな……)

 僅かながらに不安はあったが、道中、特に変わったこともなく、無事にマンションの下まで辿りついた。

「榊さん、ありがとうございました。もう大丈夫なんで……」

 振り返ってそう告げると、外灯の明かりが逆光となって榊さんの顔に影を落とした。

「……部屋まで送る」

「へ? ちょ、榊さん!?」

 勝手にマンションへ入って行く彼のあとを、俺は慌てて追いかけた。

(部屋に入るのを見届けたいってことなのか? どこまで心配性なんだか……)

 はあ、と溜息混じりに肩を竦めながら部屋の鍵を開ける。

「……本当にもう大丈夫ですから、早く帰らないと日付替わっちゃいますよ?」

 ドアを開けてそう告げた直後。

 バタンとドアの閉まる音と同時に突然後ろから榊さんの腕が伸びて来て、俺の体をギュッと抱き込んだ。

「!? さ、榊……さん?」

「……」

「何してるんですかっ。離して下さい!」

 彼の腕を掴んで解こうと試みるも、更に力が加わってグッと眉間に皺を寄せた。

「痛っ……だ、から……離せって言ってン――っっ!?」

 俺は息を詰めた。

 腰に巻き付いていた腕が、今度は俺の顎を取って強引に振り向かせ、抵抗する間も無く、榊さんが俺の口を塞いだからだ――。

「ッン……ゃ、……ん゛……!」

 押しつけられていただけの唇が、動きを加えて更に深く捕らえてくる。

 身動きしようにも、腰に回された片腕がそれを決して許さない。

(こ……のっ……!)

 榊さんの腕に爪を立てても、びくともしない。

「――んっ!」

 熱く、思った以上にしっかりとした榊さんの舌が、俺の唇をねっとりとなぞった。

 それだけで変な痺れが身体を駆け抜けた。

 一瞬抜けた力を、榊さんは見逃してはくれない。

 そのまま俺の口内に侵入し、執拗に舐め回した。

「っ、……ン! ……ん、くっ……」

 頭を押さえつけられ、更に深くまさぐられる――……。

(も……苦し…っ……)

 ――ガクッ。

 俺自身、膝がこんな風に折れるなんて思わなかった。

 咄嗟に榊さんが身体を支えてくれたが、俺は空気を摂り込むだけで精一杯だった。

 体が熱い。

 力が入らない。

(今頃、酒が回って来たのか……?)

 良く分からない。

 思考さえも、もう、止まってしまいそうだ。

 ――ふわり……。

 体が浮いたような気がした。

 一瞬意識が途切れ、気付いた時はベッドに身体が沈む瞬間だった。

「……榊、さん……?」

「――優一」

 俺に覆いかぶさって、じっと見下ろして来る榊さんが、今度はゆっくりと唇を重ねた。

 ちゅ、と小さな音が耳に届く。

 それは徐々に下へと移動を始め、胸元に鈍い痛みが走った。

(っダメだ……全然、力入んねぇ……。それに、凄く――)

「ねむぃ……」

「優一、……――……」

 薄れていく意識の中、榊さんが俺に何か言っているようだったが、もうそれを聞き取る力は残っていなかった。


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