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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第五章
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 * * *


 翌週の水曜日。

 仕事が最後まで一緒だった片山さんと、予約していた焼き肉店に漸く辿りついた。

「優ちゃんやっと来たー」

「仕方ねぇだろ。時間過ぎても客が引かなかったんだから」

 座敷に上がるなり、小笠原が痺れを切らしたように身を乗り出してきた。

「また女の子たちっスか? 優ちゃんも罪な人」

「誰のせいだっ。お前に罪とか言われたくねーよ」

 小笠原の頭をグシャッと押さえ込みながら後ろを通り過ぎ、空いている座布団に腰を下ろした。

 その隣に片山さんが座る。

 ぐるっと見渡すと、二号店からは榊さんを含め、三名参加してくれていた。

 その内の一人とは初見になる。

「みなさんお待たせしてすみません。今日は夏フェアの打ち上げということで、オーナーの神条さんが全て奢ってくれるそうです。なのでじゃんじゃん飲み食いして下さい」

 当の神条さんは、やはり来られないということで託った言葉をそのまま全員に伝えた。

 領収書はしっかり貰って帰るつもりだ。

「英店長」

 と、向かいに座っている榊さんが俺を呼んだ。

 見ると、ビール瓶をこっちに少し傾けて構えていた。

「あ、すみません。ありがとうございます」

 意図を察して俺はグラスを持って差し出す。

 俺のに注いだ後、隣の片山さんにも同じことをした。

「それじゃあ、改めて乾杯します」

 と、榊さんの音頭でみんながグラスを持ち上げる。

「暑い中でしたが、みんなの協力のお蔭で無事にフェアを終えることができました。みんな御苦労さん。乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

 各々、近い相手のグラスと打ちつけ合う。

 体調も戻ったことだし、今日はとことん飲むつもりだ。

 喉を流れるビールが凄く心地いい。

 その時、片山さんとは反対側の隣から視線を感じて顔を向けると、二号店の若い男と目が合った。

「うっわ。本当に美人さんだ!」

「え……」

「あ、すんません。噂通り……いや、それ以上だったんで吃驚しちゃって」

「……はぁ」

「視線絡むと更にドキッとしますね。榊店長とは全然違ったドキドキ感ですよ」

「違う?」

「あれ、分かりません? 榊店長のは怖いっていうか、Sっけが強いっていうかぁ」

(あぁ……もの凄く分かるな、それ)

 俺は苦笑いを浮かべながら、ちらりと榊さんを盗み見る。

 今は木村さんと話し込んでいるようで、こっちの話は聞こえていないようだ。

「……で、君は何て名前?」

「あ、こりゃうっかり。俺は高屋っていいます。二号店には二ヶ月前に入りました。以後お見知りおきを♪」

 どことなくノリが誰かさんと被る。

「じゃあ俺ちょっと他挨拶してきますねー」

 そう言って高屋が席を立った。

(なんか、榊さんも苦労してそうだな)

 俺は焦げそうになっている肉を救出して自分の皿にのせた。

 高屋のいた席に誰かが座る気配がして、肉を頬張りながら視線を向ける。

「こんばんは。英店長」

「んっ、……ああ、こんばんは。久し振りだなぁ」

 そこに居たのは二号店の津田という男だった。

 俺は肉を呑み込んで挨拶を交わす。

 彼とは数える程度だが、店で顔を合わせた事がある。

「本当にお久しぶりですね。お元気してました?」

「まあ、ぼちぼち」

「ぼちぼち? ……体調、崩されてたんじゃないですか」

「え……」

 榊さん同様、ビール瓶を傾けてくる彼に、半分ほど減ったグラスを差し出す。

「――聞いたのか?」

「いいえ、はっきりとは。ただ、榊店長が変にそわそわしていたので、もしかしたらと」

 いっぱいになったグラスを一旦テーブルに置く。

 そして相手のビール瓶を受け取り、代わりに空いているグラスを渡してそれにビールをコポコポと注ぐ。

「ありがとうございます。――でも、本当に驚きましたよ。あの榊店長がミスまでしちゃうんですから。余程大事な考え事をしていたんでしょうね」

「ミス? ……でも、それが俺の事とは限らないんじゃ……」

「いいえ、だって、一号店に寄るって言って帰ったの一度や二度じゃないですからね。少し前なんて、家で待ってる奴がいるからって、店閉めたら足早に帰って行きましたし」

「……っ」

 息を呑む俺に津田がくすりと笑う。

「やっぱり、それって英店長だったんですね」

 確信を持たれてしまい、グッと喉が引き攣る。

 この人と話していると簡単にボロが出てしまう。

「……はぁ、参ったな」

 俺は観念して頷いた。

「確かに、それは俺だ。フェアが終わった直後に店でぶっ倒れて、その場に丁度榊さんがいたから看病して貰ったんだ」

「そうだったんですね……。でも、お元気になられて良かったです」

 ホッと笑む津田に、俺も内心で安堵する。

 変に誤解をされなくて良かった、と。

「改めて思いましたけど、英店長ってこういう場所似合わないですよね」

 お互いビールを飲みながら会話を楽しむ。

「そうか? 俺も普通のおっさんなんだけどなあ」

「あはは。まだおっさんって歳じゃないじゃないですか。それに、英店長ならいくつになってもそんな代名詞は似合いませんよ」

 津田は男の俺から見ても、爽やかで言動に気品のある青年だと思う。

「そっくりそのままお返しするよ」

「それはありがとうございます。英店長に言って頂けるのは光栄です」

 裏切らない爽やかな笑顔で素直に受け取られると、こっちも悪い気はしない。

「津田みたいな奴、ウチの店にも欲しいな」

「行って差し上げましょうか? 週一くらいで」

「週一かよ。相変わらず二号店が好きなんだなー」

「二号店、というより……榊店長に惚れ込んでいるので」

「!? ――ゴホッ、ゴホッ!」

「あっ。大丈夫ですか?」

 サラッと零した彼の言葉に思わず咽返る。

 俺の背中を擦りながら、津田が補足した。

「もちろん、変な意味はないですよ。俺もいずれ店を出せたらいいなと思っているので、榊店長の下で働けば近道になる気がするんですよね」

 そういう意味だと分かってはいたが、不意を突かれると俺の頭はその変な方に変換されてしまう。

(何この思考。榊さん、侵食し過ぎでしょ……)

 自分のこれから先が怖くなって身震いした。

「悪いな、ありがとう」

「いえいえ。またそっちにも顔出すので、これからも宜しくお願いします」

「こちらこそ」

 軽く頭を下げて席を立った津田に頬を緩める。

(最後まで礼儀正しい奴だよな、ホント。彼がいれば榊さんの苦労も減るか)

 一号店で言うならば、片山さんと同じポジションか。

(あ。榊さんのしたミスってなんだったんだろうな。聞いとけば良かった)

 少し勿体ないことをしたかと惜しく思いながら、グラスを空にした。


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