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夏フェアが終わってから数日。
打ち上げをしようということになったのだが――。
「はい? 二号店と合同で!? ……ですか」
『そ。僕も日本に帰れたらいいんだけど、ちょっと分からないんだよね』
「はぁ……」
『だから、二号店のみんなと親睦を深めるためだと思ってさ、セッティングの方お願いしたいんだよ』
「まあいいですけど……」
『じゃあ、榊店長と日取りの方相談して決めてね。決まったら一応連絡頂戴』
(あの人と……か。まだちょっと気まずいよな…)
それでも神条さんの頼みだし、仕方ないかと引き受けてしまうのだが、こんな気持ちもいい加減捨ててしまわなければと思う。
静かになったスマホをポケットに押し込み、俺は一人帰る支度をした。
電気を消して店を出ると、外は気持ちのいい風が吹いていた。
「遅かったな」
「っ!?」
暗がりから低い声が掛かって、飛び上がるほど驚いて声の方へ目を凝らす。
「俺だ。分かるだろ?」
「……榊さん、ですね。急に声掛けないで下さいよ……」
「なら、いつ掛ければいいんだ?」
尤もな質問に言い返せない。
(まだ顔とか合わせ辛いんだけど……)
「えっと、その節はどうもありがとうございました」
足音が近付き、漸く榊さんの顔が薄らと見えてきた。
「別にいい。調子は良さそうだな」
「お蔭さまで、もうすっかり元気ですよ」
俺が倒れて榊さんのマンションに運ばれた翌日、店まで送ってもらったはいいが、小笠原に見つかってしまい、事情を話す破目になった。
その後、案の定他のみんなにも知られることとなり、どうして(無理をしていたことを)言ってくれなかったのかと叱られた。
でも、オーバーワークをしていたことは気付いていたのに止められなかったと、悔しそうにする仲間の顔には心底驚いた。
「みんなには心配をかけたので、打ち上げではしっかり接待するつもりです。そのことで来たんでしょう? 榊さん」
神条さんのことだ、もう榊さんにも打ち上げのことは話しているだろう。
「逃げるつもりがないなら、慌てて来る必要もなかったな」
「そんな、逃げませんって」
(……気まずいのは確かだけど)
あの日、榊さんが仕事に行ったあと、食器を片付けて律儀に言いつけを守って部屋で大人しくしていた。
寝室だと落ち着かなかったから、リビングでだったが。
(お礼に夕飯作って置いといたけど、あのあと食べてくれたのかな……。まあ冷蔵庫の物勝手に使わせてもらったから、お礼になったのか分からねぇけど)
この人の反応が気になって、チラリと様子を窺うような視線を向ける。
「……なんだ?」
「あ、いえ……」
慌てて視線を逸らしたのはあからさまだったろうか。
変な汗を掻きそうになりながら、話を元に戻す。
「打ち上げの日程、どうしましょう。週末に入る前の方がいいですよね」
「そうだな。水曜辺りがいいんじゃないか? カフェの終わった後なら客も引くだろうし、P帯の奴には店を閉めたら合流する形にすれば」
「そうですね。じゃあ、場所は中間辺りで考えてみます」
「俺も提案するが?」
「あー、いえ。今回は俺にやらせて下さい」
「……そうか」
俺の気持ちを酌んでくれたのか、引き下がってくれた榊さんに安堵した。
「でも本当に打ち上げの話で来たんでしたら、電話でも良かったのに……」
「いや、優一の顔も見たくて寄ったんだ。アレ以来だったからな」
「そ、そうですか……」
仕事帰りに寄ってくれたとしたら、遠回りをしてくれたことになる。
(わざわざ顔を見にって、本当に俺の事……、好き……なのか……)
火照る顔を夏の夜風が撫でて行く。
「それじゃあ、打ち上げの事は優一に任せる。が、困ったことがあったら直ぐ俺に言うんだぞ」
「あ、はい。わかりました。――おやすみなさい」
踵を返した榊さんの背中に軽く頭を下げる。
と、靴音が途中で止まった。
「優一」
「え、……?」
「お前の飯、美味かった。じゃあな」
「――っ!!?」
どうしてこう、この人は……。
俺の欲しい言葉をサラッと口にするんだろう。
今この瞬間ほど、夜で本当に良かったと思ったことはない。
真っ赤に染まっているはずの顔はそのままに、ギュッと下唇を噛む。
そして小さく呟いた。
「この……キザ眼鏡がっ」
これが俺の精一杯の反抗だった。




