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――……。
「今日も一日お疲れ様でした。みんなのお蔭で無事にフェアも終了しました。明日から通常に戻るので、ユニフォームを間違えないようにして下さい」
時刻は夜九時過ぎ。
A帯である日野と小笠原は既に帰宅していていない。
カフェを閉めてからも残ってくれた木村さんと、P帯である片山さんと前川に向けて話をしている。
「それから、俺は明日明後日と休みを貰います。何かあったら携帯の方に連絡下さい」
「二日で大丈夫なんですか? 店長」
と、苦笑混じりに木村さんが言った。
「そんなに休んではいられませんから。次の仕事が待ってるので、嫌でも」
「あはは。なら、この二日間は携帯の電源は切っておいて下さいよ」
「……分かりました。善処します」
素直に心配してくれていることは嬉しいと思う。
みんなが帰った後、俺は事務室の窓際で椅子に腰かけ、ぼんやりと外を眺めていた。
外したエプロンは雑にデスクの上に放ったまま。
いつもなら、皺にならないように直ぐに掛けておくのだが、今日はそれさえ気にならず、むしろ動くのが億劫になっていた。
フェアが終わった途端に気が抜けて、今に至るのだが……。
「情けねぇな……。この程度で体調崩すとか」
あの人がいたら、何て言うだろうか。
(店長としての自覚が足りない? 精神的にお前は弱い、もっと鍛えろ。とか? ……はは。どっちもありそう)
「いや、案外一言で済んだりしてな。……バカかお前は、って。――……あーっ、それはそれで腹立つな」
口に出して発音すると余計に現実味を帯びてくるようで、開け放した窓にぐったりと頭ごと凭れかかった。
少しだけ柔らかくなった夏の夜の風が、俺の髪をさわさわとさらって行く。
どのくらいそうしていただろう……。
(……拙いな)
眠くなってきた。
このまま寝たら、確実に悪化する。
俺はのろのろと重い体を起こした。
――ギィ……。
(っ!?)
自分以外居ないはずなのに扉の開く音がして、必要以上に心臓が跳ねた。
「やっぱり、まだ居たのか」
「!!? ……どう、したんですか……?」
入って来た相手には更に驚かされた。
女性には知的に思わせるのだろうスリムな眼鏡を、長い指で軽く押し上げた榊さんが溜息を吐いた。
俺にしてみたら鬼畜度が倍増するアイテムとしか思えないのだが……。
「雪乃に頼まれてな。絶対優一は無理するだろうから、と」
(あー……)
やっぱり手を打たれていたかと、また痛み出す頭を静かに押さえた。
「他の奴はどうした?」
「仕事終わったんで、帰ってもらいましたよ」
最後まで片山さんが送って行くと言ってくれていたが、それを俺は強引に断った。
今は一人になりたかったからだ。
「お前は弱い部分が出そうになると、いつも一人になろうとするからな」
「っ! ……そんなこと……」
心の内を覗かれた思いがして、俺は表情を歪めながら彼から顔を背けた。
「図星だろ?」
「……そんなこと、一々言いに来たんですか?」
俺のつっけんどんなセリフにも、この人はサラッと返してくる。
「雪乃が心配していたからな」
「なら、あんたがわざわざ来る必要なんてなかったんじゃないですか? この通り、俺は大丈夫なので」
もちろん、嘘だ。
体は既に悲鳴を上げている。
本当は早く帰ってベッドの上で熟睡したい。
「そうは見えんがな。それに俺は――」
こっちに伸びて来た腕が俺の髪を掠める寸前、その手を咄嗟に払い除けていた。
(ヤバッ……)
榊さんの驚いた顔に、俺は一瞬怯んでしまう。
(どうして、そんな顔するんだよ……っ。いつもなら憎まれ口とか、返してくんだろ……)
「……優一」
「すみません! 本当に大丈夫なので。それに、そろそろ帰るところだったので……。それじゃあ」
一度上げかけた腰を再度椅子から上げた時だ――。
「……っ……は……」
視界が急に揺れたと思ったら靄がかかり、脚に力が入らず、俺はそのまま床に吸い込まれる様に崩れ落ちた。
意識が薄れていたせいか、それとも何かがクッションになったのか、打ちつけたはずの体に痛みは感じなかった。
「優一! ……、優……!! ――」
(……俺を……呼んで……る……?)
薄れた意識は快復してくれず、俺はそのまま完全に気を失った。




