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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第四章
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32/56


 ――……。


「今日も一日お疲れ様でした。みんなのお蔭で無事にフェアも終了しました。明日から通常に戻るので、ユニフォームを間違えないようにして下さい」

 時刻は夜九時過ぎ。

 A帯である日野と小笠原は既に帰宅していていない。

 カフェを閉めてからも残ってくれた木村さんと、P帯である片山さんと前川に向けて話をしている。

「それから、俺は明日明後日と休みを貰います。何かあったら携帯の方に連絡下さい」

「二日で大丈夫なんですか? 店長」

 と、苦笑混じりに木村さんが言った。

「そんなに休んではいられませんから。次の仕事が待ってるので、嫌でも」

「あはは。なら、この二日間は携帯の電源は切っておいて下さいよ」

「……分かりました。善処します」

 素直に心配してくれていることは嬉しいと思う。

 みんなが帰った後、俺は事務室の窓際で椅子に腰かけ、ぼんやりと外を眺めていた。

 外したエプロンは雑にデスクの上に放ったまま。

 いつもなら、皺にならないように直ぐに掛けておくのだが、今日はそれさえ気にならず、むしろ動くのが億劫になっていた。

 フェアが終わった途端に気が抜けて、今に至るのだが……。

「情けねぇな……。この程度で体調崩すとか」

 あの人がいたら、何て言うだろうか。

(店長としての自覚が足りない? 精神的にお前は弱い、もっと鍛えろ。とか? ……はは。どっちもありそう)

「いや、案外一言で済んだりしてな。……バカかお前は、って。――……あーっ、それはそれで腹立つな」

 口に出して発音すると余計に現実味を帯びてくるようで、開け放した窓にぐったりと頭ごと凭れかかった。

 少しだけ柔らかくなった夏の夜の風が、俺の髪をさわさわとさらって行く。

 どのくらいそうしていただろう……。

(……拙いな)

 眠くなってきた。

 このまま寝たら、確実に悪化する。

 俺はのろのろと重い体を起こした。

 ――ギィ……。

(っ!?)

 自分以外居ないはずなのに扉の開く音がして、必要以上に心臓が跳ねた。

「やっぱり、まだ居たのか」

「!!? ……どう、したんですか……?」

 入って来た相手には更に驚かされた。

 女性には知的に思わせるのだろうスリムな眼鏡を、長い指で軽く押し上げた榊さんが溜息を吐いた。

 俺にしてみたら鬼畜度が倍増するアイテムとしか思えないのだが……。

「雪乃に頼まれてな。絶対優一は無理するだろうから、と」

(あー……)

 やっぱり手を打たれていたかと、また痛み出す頭を静かに押さえた。

「他の奴はどうした?」

「仕事終わったんで、帰ってもらいましたよ」

 最後まで片山さんが送って行くと言ってくれていたが、それを俺は強引に断った。

 今は一人になりたかったからだ。

「お前は弱い部分が出そうになると、いつも一人になろうとするからな」

「っ! ……そんなこと……」

 心の内を覗かれた思いがして、俺は表情を歪めながら彼から顔を背けた。

「図星だろ?」

「……そんなこと、一々言いに来たんですか?」

 俺のつっけんどんなセリフにも、この人はサラッと返してくる。

「雪乃が心配していたからな」

「なら、あんたがわざわざ来る必要なんてなかったんじゃないですか? この通り、俺は大丈夫なので」

 もちろん、嘘だ。

 体は既に悲鳴を上げている。

 本当は早く帰ってベッドの上で熟睡したい。

「そうは見えんがな。それに俺は――」

 こっちに伸びて来た腕が俺の髪を掠める寸前、その手を咄嗟に払い除けていた。

(ヤバッ……)

 榊さんの驚いた顔に、俺は一瞬怯んでしまう。

(どうして、そんな顔するんだよ……っ。いつもなら憎まれ口とか、返してくんだろ……)

「……優一」

「すみません! 本当に大丈夫なので。それに、そろそろ帰るところだったので……。それじゃあ」

 一度上げかけた腰を再度椅子から上げた時だ――。

「……っ……は……」

 視界が急に揺れたと思ったら靄がかかり、脚に力が入らず、俺はそのまま床に吸い込まれる様に崩れ落ちた。

 意識が薄れていたせいか、それとも何かがクッションになったのか、打ちつけたはずの体に痛みは感じなかった。

「優一! ……、優……!! ――」

(……俺を……呼んで……る……?)

 薄れた意識は快復してくれず、俺はそのまま完全に気を失った。



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