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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第四章
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 夏フェア当日――。

 降水確率ゼロ%。

 今日も快晴。

 暑さも客の熱気も視線も(?)絶好調。

「大変お待たせ致しました。二名様ですね、ご案内致します」

「は、はいぃ……」

「よろしくお願いしま~す」

 いつもと変わりない黄色い声だが、今日は数倍にも膨れ上がっていた。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」

 二十代の女性客二人を案内して、良く冷えた水をテーブルに置きながら微笑みかける。

「あ、あの!」

「はい」

 片方の女性客が俺を呼び止めた。

 髪をアップにして高い位置で括り、顔はもちろん、うなじから鎖骨まで露出した肌が赤い。

 暑さのせいもあるかもしれないが、それだけが原因というわけではないだろう。

(予想はしてたけど、今日はこんな客ばっかだな)

 微笑みを崩さないまま待っていると、言い難そうにしていた彼女が意を決したように口を開いた。

「しゃ、写真! 一枚だけ、撮らせてもらえないでしょうか……」

(やっぱりか)

 消え入りそうな声に懸命さを感じたが、それに応えるわけにはいかない。

「申し訳御座いません。スタッフを呼び止めての撮影はお断りさせて頂いております」

「っ! そ、そうですか……そうですよね」

 忙しいのにすみませんと言わずとも恐縮していることは彼女を見れば分かる。

 小さな肩が更に縮こまっているからだ。

「お客様。宜しければこちらをお読み下さい」

「……?」

 俺は持っていたメニューブックから、挟んでいた一枚のチラシをスッと差し出す。

「それではご注文お決まりになりましたらお呼び下さい」

 改めてそう告げてから、一礼して俺を呼ぶ次の客席へと足を向けた。

 いつもと違うのは、賑やかであること。

 話し声や笑い声はもちろんだが、それに混ざって機械音が所々から聞こえてくる。

 ――カシャっ。

 ――ピロリン。

 これも一つのイベントだと思ってしまえば慣れも早い。

 俺は向けられるカメラやケータイのレンズをあまり気に留めないまま接客に勤しんだ。

 そうしているのにはもちろん訳がある。

 それを理解してくれているからこそ、視線を向けない俺達スタッフに客も文句一つ言わないのだ。

「てんちょーの作戦、効果抜群じゃないっスか♪」

 厨房に立ち寄ると、トレーを持った小笠原とかち合った。

「いや、俺のじゃなくて榊店長のアイデアだ。まあ俺も何度か経験したから何かしないと拙いとは思っていたが」



 それは開店前、朝礼でのこと……――。

「え……。これって、盗撮OKってことっスか!?」

「小笠原。盗撮じゃねえよ。そんなこと一言も書いてねーだろ」

 場所は雑貨エリアのレジ前。

 フェア初日ということで、忙しさを考慮して全員に出勤してもらった。

 配布用のチラシを一枚ずつ面々に手渡し目を通してもらいながら俺は口頭で説明する。

「有り難いことに、女性客に多く足を運んでもらえているわけですが、経験上で言うと今日から非常に忙しくなります。カフェでは足を止めている余裕すらないと思って下さい」

 その理由は、数日前から宣伝していた新作メニューが多く出るからだ。

 もちろん雑貨エリアでも、夏をテーマにした食器や小物類をいくつか増やして展開させたがカフェと比べるとほぼいつも通りだ。

「今年はユニフォームも替えたので、更にお客様から注目されると思います」

「かなり新鮮っスもんね」

 小笠原の言う通り、今みんなが着ている服はモノトーンのアロハシャツに下は自由な物を穿いてもらっている。

 エプロンもカフェと雑貨兼用で、腰から膝までというミドル丈の物が届けられ、面々に当ててもらっている。

「なので、写真撮影を頼まれることも多いと思います。昨年も多忙な中で大変な目に遭った人もいるんで、今年は榊店長より対策を伝授してもらったわけです」

「その大変な目に遭ったのって、てんちょーでしょ!」

「それは店長違いだ」

「あ……あー、なるほど。優ちゃんとはまた違ったオーラが出てるからなー、あの人」

 昨年、ここの店長は榊さんだった。

 だから名前を言わずともピンときたようだ。

「いやいや。榊店長もそうですが、英店長もなかなかでしたよ」

「き、木村さんっ!?」

 突然会話に入って来たかと思えば、何を言い出すのかと目を剥いた。

 そして更に追い打ちを掛けるように日野が口を挟んできた。

「そうそう、僕もそれ聞きましたよ。女の子たちに囲まれて、写真撮影会とか始まっちゃって。仕事が進まなくて榊店長に泣きついたとか何とか」

「泣きついてはねぇよ!」

 クスクスと笑う日野に肩を落としたくなったが、今は談笑に耽る時間はない。

 カウンターに寄り掛かってケタケタ笑う小笠原に睨みを利かせながら、俺は咳払い一つ溢して表情を引き締めた。

「とにかく、そういう訳で今回はルールを設けます。コレに書いてある通り、スタッフを呼び止めての撮影は禁止。席を立っての撮影も危険なので禁止。その代わり、着席しての撮影は可、ということにします」

「確かに、フェアは一種のイベントですからね。お客の羽目も外れやすい。スムーズに仕事をこなすには良い案だと思います」

 そう自分の意見を述べた片山さんが深く頷いてくれた。

「一応ルールを記載したチラシを入り口とカフェの掲示板にも貼っておきますが、各自配布用に数枚持ち歩くようにして下さい」

 適当な枚数をメンバー全員に手渡す。

 そこへ、どこか不服そうな表情を浮かべた小笠原が口を開いた。

「でもさー、一緒に撮りたいって言ってきたらどうするんスか?」

 この質問には眉を顰めた。

「どうするも何も、俺達はアイドルじゃないんだ。そこはちゃんと断れよ。お前の場合は特にな。一人でも許すと切りが無くなるから、後々面倒なことになって困るのはお前だぞ」

「褒めてくれてありがとう♪」

 俺に抱きつこうとする小笠原の腕をペシッと叩き落とす。

「褒めたわけじゃねーよ。とにかくルールは絶対だ」

「はいはーい」

 コイツの気の抜けた返事はいつものことだ。



(ま、今のところ順調だな。売り上げもいつもの三倍は増えてるし)

 注文のデザートをお盆に乗せて、軽い足取りで厨房を出た。

 昼を過ぎた今でも順番待ちをしている客で賑わっている。

「キャ!」

 人とぶつかってバランスを崩した高校生くらいの女の子が、俺に倒れ掛かって来た。

「――っと、大丈夫ですか?」

 お盆を片手で支え、空いている方の腕で彼女の腰を咄嗟に支えた。

「お怪我は?」

「え……!?」

 俺を見るなり目を丸くした女子高生がパクパクと金魚のように口を開閉させている。

「あ、あの……ごめ、なさいっ。大丈夫です!」

「そうですか。混雑しているので、気を付けて下さいね」

 慌てて俺から身を離し、赤面しながらコクコクと頷く女の子。

 その様子に俺は安堵しながら微笑みかけ、「失礼します」と目的のテーブルへ再度足を向けた。

(ちょっと混み過ぎだよな。後半は少し落ち着いてくれるといいけど……ディナータイムは無理だろうな)

 デザートを運ぶ間もテーブルに置く時も、ずっとシャッター音に追いかけられている。

 悪い気はしないが、やっぱり少し鬱陶しい。

(休憩は外に出るかな……)

 少しでもいいから静かな場所で新鮮な空気を吸いたい。

(……ダメだ。やっぱり重い……)

 足が軽く感じたのは一時的なものだったらしい。

(でも今日は心配されてねぇし、大丈夫だ。昨日は疲れてただけなんだよな。うんうん)

 自分に言い聞かせるように小さく頷きながら、俺はランチタイムが終わるまでカフェフロアを歩き回った。



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