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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第四章
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 そして、夏フェア三日目を迎えた。

「ちょっと待て。どうなってんだこれは……!」

 出勤早々口元がヒクヒクと引き攣った。

 何故なら、店の前に二十人近い女の子たちが群がっていたからだ。

(え。本当に何事だ? もしかしてマジでアイドルとか来ちゃったり……?)

 まるで出待ちのような光景に呆気に取られて立ち竦む。

「あ。店長さん! おはようございまぁす!」

「あの人がそうなの!? すっごい美形なんだけどっ!」

 一人の声に一斉に反応して俺を振り返る。

 そして数珠繋ぎのように声が上がって行く。

「元モデルとか?」

「え、そうなの!? でも分かるーっ」

「私は元ホストって話を聞いたけど」

「どっちもありそうだよねー!」

 いやいやどっちもありません。と否定する隙さえ与えられずに俺は女の子たちに囲まれてしまった。

「店長さんお名前はー?」

「英さんって言うんだよ。下の名前は確かぁ……」

「優一さん!」

「そうそう!! 名前通り優しそーっ」

「彼女いないって本当ですかぁ?」

「それ本当らしいよ! 前にカフェで聞いたって子がいてさぁ」

 まるで俺をお題にしたクイズ大会のようだ。

 全く本人が喋る隙がないのだが。

(っつか、何で俺の名前知られてんだよ。それよりどうしてこんなに湧いて来た?)

 なんとか浮かべた笑顔も笑顔と言っていいものなのか分からないほどに引き攣っている気がする。

「えっと、ウチの店に来てくれたのかな? 開店は三十分後だからもう少し待っていてもらえると嬉しいのだけど……。それから入ってくる車も多いから危なくない所でね」

 努めて優しく諭してみたが、効果は如何なものか……。

「あのぉ……」

 目の前にいる女の子がカバンから何かを取り出して、遠慮がちに俺を見上げた。

「一緒に、写真だけ撮らせて下さい!」

「……はい?」

「お店の中に入っちゃうと、一緒に撮るの禁止って聞いたので、今ならいいかなーって」

(そう来たか!)

 俺は一瞬眩暈を覚えた。

 確かに時間外なら問題はないかもしれないが、さすがにこの人数を相手にするには骨が折れる。

 時間もそう無い。

「ちょっと! あなただけズルイじゃない!」

「私も撮りたいー!」

(えーっと? どうすっか、マジで……)

 何度か来てくれている子も中にはいて、そう無下に扱うこともできない。

 どうしたものかと眉を寄せた時だ――。

「――店長」

 突然、後方から聞き慣れた声がして振り向く。

「か、片山さん……!」

(良く来てくれた!)

 いや、仕事だから来るのは当然だけど、このタイミングで現れてくれたら喜ばずにはいられない。

「おはようございます。早く入らないと開店時間になりますよ」

「そ、そうですね。――みんなごめんね。時間ないからまた今度」

 ひらひらと手を振り、漸くこの場から逃げることができた。

 後ろからは「えー」「残念なんだけどー」などという小さなブーイングが聞こえてきたが、大柄な片山さんが傍にいるせいか、大袈裟に騒いだり追ってくることはなかった。

「はぁ……。助かりました」

「いえ。朝から大変な目に遭いましたね」

「まったくです。まさか入待ちされてるとは思いませんでしたよ」

 中に入り、盛大に息を吐き出して項垂れる俺に、片山さんがポンと肩を叩いて来た。

「まあ、客が増えればそれだけいろんな口コミも広がりますから。店長の人気も上がって当然、ですよ」

 目元に笑みを携えながら紡ぐ片山さんに対し、俺は眉尻を下げた。

「好かれるのは素直に嬉しいと思いますが、騒がれるのはちょっと……」

「はは。まあそのうち静かになります。フェアが終われば」

「だといいですが……」

 片山さんと少し足早にスタッフルームへ向かう。

「そういえば、小笠原は大丈夫でしょうか」

「え……。あ、まぁ……アイツなら大丈夫でしょう。慣れてるんで」

 最後の一言はもう本人の代弁だ。

 または他人事とも言う。

 そして丁度着替え終えた時、スタッフルームの扉が開いた。

「いやー、まいったまいった。あんなに入待ちの子が居るとは。――あ、おはよーございまーす」

「小笠原。ギリギリだぞ」

「すいません。下で女の子たちに囲まれちゃって」

(……だろうな)

 俺は小さく息を吐き、エプロンを腰に当ててギュッと紐で固定した。

 小笠原も自分のロッカーを開けて着替え始めると、浮かれたように言葉を零した。

「ちょっとSNSで宣伝したら、あっという間に広まっちゃって。ほんと吃驚っスよ」

「……あ?」

 聞き捨てならない言葉が聞こえてきてギロリと小笠原を見遣る。

 そんな俺の視線に気付かないまま小笠原は喋り続けた。

「てんちょーがメッチャ美人さんでーって流したら、優ちゃんのファンの子が結構増えちゃって、いろいろ訊かれたんスよ……――って、どうしたのかな~? 優ちゃん……?」

「おーがーさーわーらあぁぁぁ!」

 ――ガシッ。

「ぐえっ! 優ちゃんたんま!!」

 睨みを利かせて怯んだ隙に小笠原の首に腕を回して絞め上げる。

「元凶はお前か小笠原!!」

「ご、ごめんてっ、ほ、ホントっ、オレだってあんなに広まるとは思わなかったんスよ!」

 ギブギブというように俺の腕を叩く小笠原を更に絞め上げた。

「ぐっ、ぐるじぃ……!」

「――ったく、今後余計なことしたら月給下げるからな」

 そう言って解放してやると、効き目があったようで咳き込みながら慌てだした。

「わ、分かったっス。もうしません」

 項垂れながらアロハシャツのボタンを掛けて着替えを続行する小笠原から、視線を片山さんに向けた。

 彼は既に着替え終え、開店準備に取り掛かってくれていた。

「ああ片山さん、それは俺がやりますから。待たせてしまってすみません」

 彼が抱えた荷物を慌てて受け取る。

「問題ないです。それより十分前なんで下に行きますか」

「そうですね。――小笠原も急げよ」

「はーいっ」

 エプロンを腰に巻き付けて、髪を整えながら追いかけてくる小笠原に背中を向けて一階へと向かった。

 料理長の木村さんは既に厨房に入ってくれていて、今日は日野が休みで、夕方からバイトの前川が入る予定だ。



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