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……――
「――と、言う訳で、今日からバイトで入る高校生の前川だ」
「前川龍介です。宜しくお願いします」
翌日。みんなが揃い、夕方から出て来てくれた前川を交えてのミーティングで彼を紹介した。
「え……。高校生!?」
(やっぱり驚くよな……)
声を上げた小笠原に苦笑いを浮かべつつ、俺は騒ぐなと静かに首を横に振って話を続けた。
「フェアが終わるまでって期限付きだけど、みんなでフォローしてやって欲しい。基本は俺が教えるけど、俺が不在だったり接客中の時は片山さんに指導の方頼みたいので、宜しくお願いします」
「分かりました」
片山さんが了解するのを見て頷き、横に立つ前川に視線を戻す。
「片山さんは俺より頼りになると思うから、何でも訊いて」
「はい。――宜しくお願いします」
俺から片山さんに視線を滑らせた前川が、僅かに表情を硬くして軽く頭を下げた。
自分より大きい男を目の前にして、少し緊張をしているのかもしれない。
(まあ無理もないよな。俺だって急に目の前に立たれると未だに驚いちまうし)
微笑ましく思いながら二人のやりとりを見守る。
「こちらこそ。まあ店長よりってのは言い過ぎだが、大体のことは教えられると思うから何でも訊いてくれ」
「はい」
いやいや、決して言い過ぎなんかじゃありませんよという突っ込みは、話が進まなくなるから呑み込んでおく。
フェアまであと数日。
準備段階から人手が増えたことに感謝だ。
フェア前日――。
八月に入ってから殺人的猛暑日が続き……。
(さすがにヘバる。まだ風があると違うんだが……)
カフェテラスから遠く広がる空を仰ぐ。
残念ながら今日は無風に近い。
夏休みに入っているお蔭でそれなりに客は増えてくれてはいるが、その分忙しく、体調を崩すスタッフが出てきやしないかと危惧する。
(まあみんな大人なんだし、それなりに体調管理はしてくれてるよな)
高校生である前川も、身体は丈夫そうに見えるから大丈夫だろう。多分。
「店長。荷出し終わりました」
「お。じゃあ次は……――」
私服に雑貨用のエプロンをつけた前川に声をかけられて、雑貨フロアのレジカウンターへ向かう。
「これ、昨日着荷した物だから、値段つけて同じ部門の棚に荷出しを頼むな。終わったらまた声掛けて。チェックするから」
「分かりました」
笑顔は少ないが、物覚えが早く仕事も丁寧にこなしてくれていて、つい次から次に仕事をお願いしてしまう。
(もう少しゆっくりやっていいんだけどな。接客には入らなくていいとは言ったが、その分肉体労働ばっかりだもんなぁ)
指先で顎を擦りながら彼の仕事ぶりを眺める。
そこへ、
「店長さん♪」
高めの声と共にポン、と背中を軽く叩かれて振り返る。
「あぁ。いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
週に一回は来店してくれている女性客が、ニコニコ顔で俺を見上げていた。
「新人さんが入ったの? また男らしい人ねぇ」
「ええ。明日から始まるフェア限定のバイトさんですよ。この時期は人手不足になりがちなので助かってます」
「あら、バイトだなんて。もしかして学生さん?」
「そうなんですよ。まだ不慣れなので何かご迷惑をお掛けしましたらすみません。温かい目で見守ってやって下さい」
「任せて頂戴! 私、こう見えて面倒見いいのよ」
客に面倒を見させるわけにはいかないが、内にも外にも味方が居てくれるのは嬉しいことだ。
真面目に働く前川に、表情を綻ばせる。
そこへ、
「うーん……」
小さな唸りと共に視線を感じて顔を戻す。
「……何か?」
「何となくだけど、店長さん顔色悪くなぁい?」
「え? ……全然元気ですよ?」
俺は目を瞬いて首を捻る。
「ならいいけれど、あまり無理しちゃ駄目よ?」
「ええ。気をつけます」
心配を拭いされないのかぎこちない笑顔を浮かべる女性客に、俺はいつも通りの笑顔を向けた。
(暑さのせいで疲れてるように見えるとか……? 顔でも洗ってくるか)
客に心配させるなどもっての外だ。
作業を進める前川を一瞬視界に入れてから、俺は二階のトイレへ向かった。
「うーん……。顔色悪い、か?」
洗面台に取り付けられている鏡を覗き込む。
確かに疲れた顔をしていると言われればそう見えなくもないが。
(自分じゃ分からねえもんだな)
眉間に皺を寄せた俺が俺を睨む。
確かに、数週間の間にいろんな事があった。
精神的にきても可笑しくないことが……。
神条さんに恋人が出来たことを知ってショックを受けて、それから片山さんのことに榊さんのこと。
ついでに小笠原のことも。
(まあアレのことは……良く分からんが)
どうしたって仕事があるから誰とも顔を合わせないわけにはいかないし、違う職場である榊さんとでさえココ最近出くわすことが多いのだ。
意識するなという方が無理な話で……。
(大体、なんで男を好きにならなきゃなんねえの? まあ、神条さんはガキの頃から一緒だったから、どっか抜けてるのに器用に何でもこなす姿を見てるうちに惹かれて……)
だから特別なんだと思う。
(え。じゃあ榊さんは? 憧れとかまっっったく、無かったんだけど。何? どこで気になってんの? 俺。むしろトラウマでしかねーんだけど)
鏡の中の自分が情けない顔へと崩れて行く。
確かに数ヶ月前までは毎日のように彼と顔を合わせていた。
それは俺の教育係だったからあの人も仕方なかったんだと思う。
(教育期間中はそれはもう穴があくところがなくなるほどに睨みつけられていたさ)
ただ一緒に働く時間が長くて誰よりも視界に入ってしまうだけだったのかもしれないが、あの鋭い目は凶器だ。反則だ。
でも、そんな目で見る理由は本人の気持ちと比例していたことを知って合点がいったわけだが。
だからといって、あの目を好きになるとかあるのだろうか。
(ただ、流されているだけじゃないのか……? それか、催眠術的な……)
別にオカルトに興味はない。
ただあの人が人間であるという事実には頷き難い。
失礼な話だが、そう思わずにはいられないのだ。
「おや。店長、お疲れ様です」
突然入口から声をかけられてビクリと背筋が震えた。
「あ……木村さん。お疲れ様です」
「どうかしたんですか? なんだか浮かない顔ですねえ」
「そう見えますか」
「見えますね。フェアのことで悩みでも?」
「まあ、そんなとこです」
全然違うけど、折角勘違いしてくれたのだ、便乗しよう。
なんとか笑顔を向けると、木村さんからは苦笑を返された。
「ここで店長に倒れられては困りますからね。休憩はちゃんと取って下さい? あと、悩み相談ならいつでもどうぞ」
そんなに自分の顔色は目に見えて悪いだろうかと、不安になって再度鏡を覗き込む。
顔を十分に洗ってスッキリしたはずだから、さっきよりはマシだと思いたい。
「あ、そうだ。木村さんにもフェア用のユニフォームが届いているので、帰りにスタッフルームに置いておきますね」
「本当かい? それは楽しみですねぇ」
言葉通り、本当に楽しそうに、且つ豪快に笑う木村さんを鏡越しに見ながら、「そうですね」と俺も笑いを零した。
準備は万端。
あとは何事も無く乗り切るのみ。




