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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第四章
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 七月末日。

 更に暑さを増した夏の空。

 俺はカフェテラスで汗を気にしつつ歩き回っていた。

「いらっしゃいませ。ご注文を承ります」

 結局あの人が来た日は、カフェの昼営業が終わってからテラスで夏フェアの打ち合わせをした。

 ここでなら雑貨フロアに片山さんや小笠原の姿も見えて、身の安全が保証されると思ったからだ。

(まあ、ただのヤキモチだったのかもしれないけど。あの人、普段はクールぶってるくせにああいう時は感情むき出しになるよな)

 そういう面があることを最近初めて知ったわけだが……。

(いや、前兆はあったか)

 店長見習いをしていた時の事を思い出してひっそりと眉を寄せた。

(あー。とにかく今はフェアを成功させることだけを考えよう! ……そろそろ来るはずだよな)

 左腕を軽く上げて手首に巻きつけてある時計を見つめた。

 昼十二時二十分。

 約束の時間まであと十分。

 メニューブックを小脇に挟み、客に呼ばれてはテラスを行き来する。

「店長、面接の方が見えましたよ。事務室にお通ししました」

「おー。今行く」

 約束の時間五分前。

 日野に呼ばれた俺は対応中の客に一礼してテラスから上がった。

(さて、どんな奴か楽しみだ。出来れば素直な奴だと有り難いな)



 ……――


 うん。有り難い。

(力仕事を遠慮なく任せられそうで)

 事務室の扉を開けて驚いたのは、半袖から伸びる筋肉質な二の腕だ。

 そして服越しからでも分かる立派な背筋。

(これは……片山さんといい勝負か? 身長はあの人よりは低いけど、余裕で百八十は超えてるよな)

 またデカイのが来たものだ。

(あれ? ちょっと待てよ。確か履歴書に……)

 俺は疑問を頭に浮かべながらも、驚きを押し隠して小さく彼に微笑む。

「お待たせしました。店長の英です。遠慮せず座って下さい」

「はい。失礼します」

 彼がパイプ椅子に座ったのを見届けながら、数日前に送られてきた履歴書をデスクの引き出しから引っ張り出す。

 そして座るには邪魔くさいソムリエエプロンを外してから彼の向かいに腰かけた。

「それじゃあ面接に入ります。前川龍介まえかわりゅうすけくん、……高校二年生だね」

 この体格で大人びた顔立ち。

 これでも高校二年生というのだから驚きだ。

 彼の「はい」と返事を聞くまでは信じ難かった。

(やっぱりそうなんだな。これで制服着てたらそれなりに見えたりするのかもしれないけど……いや、どうだろうな)

 失礼な言葉を頭の中でつらつらと並べながら質問をしていく。

「ここにも書いてくれてあるけど、アルバイトの動機とここを選んだ理由を教えて下さい」

「バイトをしたいと思ったのは、大学に行く為の資金稼ぎです。ここを選んだ理由は家から近かったからってのもありますが、店員さんが男だけってところに引かれて……」

 声は低いが口調は高校生らしさを感じさせるもので、そのことにホッと安心感を覚えた。

(喋り方まで大人びてたら、完全に敗北感を味わわされるところだった。なんとなく)

「どうしてそこに引かれたのか聞いてもいいかな?」

「はい。俺、見た目から結構女子に怖がられることが多くて。同い年だからかもしれませんけど。……できれば女子のいないところで働きたくて」

 なるほど。

 学校では同じ歳の人間と一緒にいるわけで、一層悪目立ちするのが耐えられない、ということだろうか。

「でも、ここに来るお客さんは大半女性客だけど、その辺はどうかな?」

「別に学校の制服を着るわけじゃないですし、お客はその場限りの交流なんで、特に気にならないと思うんです」

(まだその辺は自分でも分からないってことか。まあ学生なんだし、経験不足は否めないよな)

 彼の言葉にはふむふむと相槌を打ちながら、また履歴書に目を落とす。

「部活とか習い事はやってますか?」

「はい。柔道部です。習い事は特には」

「それでか。随分いい身体してるなとは思ってたけど。なら本当に力仕事を任せても大丈夫そうだね」

 片山さんとタッグを組ませたら最強な気がする。

 フェアの時期だけというのが残念ではあるが。

(でもこれで人手不足は解消できそうだな)

 そう思ったらつい口元が緩んでしまう。

「――あの……」

「ん?」

「あ、いえ。大丈夫です」

 何か言いたそうな表情を浮かべているが、押し黙ってしまった前川に首を傾げる。

「分からないことがあったら何でも質問すること。分からないまま仕事をされるとこっちも不安になるからね」

「はい」

 返事は素直で有り難い。

(まあ初対面に心開けって方が無理な話だけど、少しずつ砕けてもらえたら嬉しいよな)

「それじゃあシフトの話になるけど、もう夏休みには入ってるんだよね?」

「はい」

「極力フェアの期間中は入ってもらいたいんだけど、時間帯とか休み希望日があったらコレに書き込んでもらって……」

 言いながら、彼の前に今月のシフト表を差し出す。

「他のスタッフのはもう入っているけど、気にせず休みは入れて下さい。俺はフェア中フルで居るので何かあったら俺に言ってね」

「分かりました。どうしても昼間は部活で忙しいので、夜シフトに回してもらいたいんですが」

「もちろん、それでも構わないよ」

 話しながらシフト表に書き込んで行く前川の手元を眺める。

 当然ながら、手も大きい。

(そういえば、片山さんは合気道を前にやってるって聞いた気がしたけど……今でもやってんのか? いや、仕事もしっかり入ってもらってるし、それは無いか)

 物思いに耽っていると、シフト表がスっと戻って来た。

「これで大丈夫です」

「了解。明日から入れるんだっけ?」

「あの」

「……?」

「それは、採用ということでいいんでしょうか?」

 尤もな質問だ。

 バイトに入る理由もしっかりしていて人間性も疑うところがなかったため、つい話の流れで先に進めてしまっていた。

「もちろん。ここで良ければ入ってもらえるとこっちも助かるよ」

 ニッコリ笑んでそう告げると、前川が安堵したように息を吐いた。

 冷静を装っていても、どこかで緊張していたのが窺えて、少し微笑ましく思う。




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