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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第三章
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 咄嗟にギュッと目を瞑ったその時だった……――。

「それ以上はさせませんよ。いくら榊さんでも」

 落ち着いているが、どこか苛立ちを含んだ響きを感じる声が扉から聞こえてきた。

「――片山さん!?」

 いつから見ていたのか、扉から身を離して近付いてくる彼に目を見開く。

「傍観者を決め込むなら、最後までお願いしたかったんですがね」

(……何!?)

 今度は、平然と眼鏡を押し上げて告げる榊さんに目を見張った。

「ちょ、あんた! 知ってたのか!?」

「当然だろう? ま、お前には気付かせないように意識を俺に縫いとめておいたんだが、さすがに最後までは無理だったな」

 シラッと紡がれる言葉に開いた口が塞がらない。

(あ、あんな恥ずかしい場面を仲間に見られるとか……あり得ねーんだけど……? そもそも、榊さんは俺に好かれたいんじゃないのか? 克服させるとか言ってたよなぁ。これじゃあ逆効果だって、分かってんのかこの人っ)

 なんだか分からないがイライラする。

 俺はもう一度腕に力を入れた。

「いつまで掴んでるんですか。そろそろ離して下さい」

 今度は簡単に振り払う事ができて安堵する。

(今はとにかく弁解を……)

 このままだと職場の空気が悪くなるだけだ。

「片山さん。この人は俺をからかってるだけなので、ここであったことは気にしないで下さい。むしろ頭から削除してもらえると有り難――」

 ――グイッ。

 話の途中でまた体に衝撃が走った。

 痛くはないが、腕を凄い力で引っ張られて一瞬何が起こったのか分からなかった。

(はい……?)

 気がつくと、服越しではあるが分厚いだろうと認識できるほどの胸板に顔面を押しつけられていた。

 視線を上げた先には、どこかを睨む片山さんの顔があって、思わずビクリと体が震えた。

(怖っ。……って、ちょっと待て? どういう状況だよこれは!)

 一体俺が何をしたというのか。

 片山さんの鋭い眼光の先で、「はぁ」と一つ息を吐く音が聞こえた。

「普段は無口でひっそりと見守っているだけのあなたが、どう行動に移すかと気になってはいましたが、まさかそんな表情をされるとは正直驚きました」

 榊さんの言葉には大きく頷きたいところだが、それはこの逞しい腕が邪魔をして果たせない。

(こんなに怒るってことは……俺が原因、なんだよな?)

 自惚れとかでは決してない。

 この修羅場に至った原因を思い返せば誰でも行きつく答えだ。

「ただ睨みつけるだけでは、優一を守ったことにはなりませんよ」

「――そうですね。しかし、あんたの強引なやり方は、ただ彼を怖がらせるだけじゃあないんですか。現にさっきだって怯えていた」

 年上である片山さんに敬語を遣う榊さんだが、言葉そのものは非常に挑発的だ。

 それに劣らない言葉で返す片山さん。

 もうこっちはヒヤヒヤもんでこの場から逃げ出したいところだ。

「積極的になれずにただ己の感情を押し殺して傍にいるだけの人よりは全然マシです。俺は優一と恋愛をしたいと思っているので、守りに入るだけの方は引っ込んでいてもらえませんか」

「飢えた獣のように攻めるしか脳のない人間に言われたくはありません」

(ちょ、だからお前等……!)

 もう限界だ。

 俺は拘束する腕を強引に解き、二人の間に立って双方を睨みつけた。

「二人ともいい加減にしろ! ……ここは職場なんですから、俺のことなんかで揉めないで下さいよっ」

 二人とも大人なんだから、きっと分かってくれるはずだ。

「優一」

「英店長」

(よし、分かってくれた……!)

「「――のことだから揉めて当たり前だろう(でしょう)」」

「……はい?」

 奇跡的にハモッた二人だが、俺にとっては全く嬉しくない。

(ここで揉めるなって言ってるんだよ俺は! 子供か‼)

 ある意味似た者同士の二人に挟まれて、俺のイライラがピークを迎えた時だった。

「ちょっとー! オレ一人で店番させないで下さいよー」

 唇を尖らせながら小笠原が事務室に顔を覗かせた。

(いいタイミングで来てくれた!)

「おが……――」

「二人でてんちょー口説くなんて、ずるいっスよ! オレも混ぜて♡」

(……なん、だって……?)

 俺の耳がおかしかったのだろうか。

(ハハハ。そんなわけねーよ)

 薄く笑みを浮かべながら引き攣る口元をそのままに、俺は小笠原に冷めた視線を向けた。

「お前はいーから、さっさと仕事に戻れ、な?」

「ええ!? てんちょー酷い! ってか怖い!」

「お前がいると更にややこしくなるんだよ!」

「ややこしくってなんスか! オレは真剣なんスよ!?」

「だからだアホ! っつか便乗したいだけの奴は引っ込んでろ」

「オレは真剣だって言ったっスよ!」

「お前の場合はそこに“多分”と“かも”が前後に付くんだろうがっ」

「え。それを取っ払って本気になればいいんスか?」

「言葉の綾に決まってるだろ」

 ああ。もういい加減にしてくれないだろうか。

「榊さん。仕事に戻るのでフェアの話はまた後で改めてお願いします」

 俺は小笠原の襟を掴み、苛立ちを押さえながら後方にいる榊さんにそう伝え、小笠原を引きずるようにして事務室を後にした。

(この状態じゃあまともに話し合いなんて出来るわけねぇしな)

 あの二人を残してきたのはちょっと心配だったが、とにかく今は仕事だ。

 逃げたと思われるのは癪だが……。

(アポ無しで突然来たあの人が悪い!)

 そう、腹を立てているはずなのに、顔の火照りが再発する。

 あの人の顔が頭に浮かぶと一瞬呼吸が止まりそうになる。

 俺は親指の腹でグッと唇を押さえて呟いた。

「勝手に、人に触るなよ……っ」

 あの人が辿った個所が熱い。

「てんちょー? 今何か言ったっスか?」

「……いや、何でもない」

 カフェテラスから見える夏の日差しに目を細め、くしゃりと前髪を掻き上げて無理矢理気持ちを切り替える。


 ――暑いが、明日も晴天だと有り難い。



【第三章/終】


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