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「あのー。すみませーん……」
女性客が一人、レジいいですかと遠慮がちに声を掛けてきた。
「申し訳ございません。すぐ伺います。――小笠原、頼めるか?」
「了解っス」
「俺はこのまま榊店長と上に行くから、お前のタイムカードはついといてやる」
レジに向かう小笠原の背中に告げてから、俺は榊さんを二階の事務室へ促した。
途中、スタッフルームへ寄って小笠原のタイムカードをつく。
(仕事とはいえ、これからあの人と二人きりで籠るのか……。もの凄く嫌だな)
ガックリと肩を落としながら彼が待つ事務室へ向かう。
願わくば、今は二人きりになるのは避けたい。
仕事と割り切ってしまえば楽なのかもしれないが、そう簡単に割り切れることじゃあない。
(とにかく、仕事の話をとことん押し進めれば昨日みたいな話にはならない……はずだ!)
軽いはずの扉が、今だけは鉛のように重たく感じた。
「お待たせしました。フェアの話でしたよね。神条さんからも言われていたんですよ、情報交換したらいいんじゃないかって」
デスクに寄り掛かる榊さんの姿を視界に捉えてとにかく喋った。
言葉を挟む余裕など与えてなるものか!
(…って、さすがに目を合わせないのは不自然過ぎるか? でもあの目を見たら勝てる気がしねぇんだよな……むしろ喰われる。絶対)
パソコンの横に立て掛けていたファイルを取り、フェアの企画書へ目を落とす。
「二号店はどうです? やっぱり限定メニューとか出すんですか? 一号店はユニフォームまで替えようって話になって。あ、その案出したのは小笠原なんですけど、神条さんも乗ってくれて……――」
ふと、目を落としていた資料に暗い影が落ちてきた。
嫌な予感を覚えながらも、視線をファイルから少し上げてみる。
案の定、目の前に立っているのは榊さんだ。
気まずくて目を合わせられないから、彼が今どんな顔をしているのかは分からないが……。
(と、とにかく平常心だ、平常心)
俺は視線をそれ以上上げられないまま当たり障りのない質問をすることにした。
「えーっと……何か気になったこととかありましたか?」
「随分、親しいんだな」
「え? ――っ!?」
突然、強い力に体を押されて視界が揺れた。
バランスを崩した体は、そのまま壁に押し付けられ、鈍い痛みに俺は顔を顰めた。
ファイルがパサリと足元に落ちる。
「痛っ」
それを拾う隙さえ与えられないまま、俺の手首は壁に縫いとめられた。
昨日と同じだ。
榊さんの顔が目の前にあって、視線を外すことを許さないとでもいうような威圧感は息を呑む程だ。
(何で……怒ってるんだ? 親しいって、何がだよ)
流れる沈黙に不安が募る。
耐えかねた俺は、彼を押し退けようと腕に力を入れた。
「離して下さいっ。何のつもりですか!」
キッと睨むが、全くと言っていいほど効果はない。
鋭い瞳が更に細められて俺を捉えてくる。
「何のつもりかって? それはこっちのセリフだ」
「……はぁ? 何、言って」
「さっき、小笠原と何をしていたんだ?」
(!? ……聞かれてた、のか?……いや)
それなら〝何をしていた〟ではなく〝何をされた〟になるはずだ。
告白を聞かれていなかったのなら、残るは……――。
「別に何もしてませんよ。小笠原のいつものスキンシップです。一方的な。俺からは何もしてません」
(って、何言い訳してんだ俺は!)
熱くなる頬を誤魔化すように更に食って掛かる。
「大体、榊さんには関係のないことなんですから、いちいち突っかかられても困ります」
「関係が無い? 優一は俺の気持ちを知っていて、それを言うのか?」
「! それは……」
「そうやって俺を遠ざけるなら、もっと意識させる必要があるな」
「なっ!?」
(これ以上意識しろって、どんだけ傲慢で鬼畜野郎だよ!)
心中のみではあるが、彼に対して言葉遣いが汚くなってきていることには目を瞑ってもらおう。
聞かれる心配はないわけだから、目を瞑るも何もないが。
「昨日と違って今日は強気だな。あれからまた泣いたんじゃないのか?」
ゆっくりと、俺の目元を滑る指に背筋が震えた。
更に頬を伝い、唇を辿り始めて俺はグッと歯を食いしばる。
女なら、コロッといってしまう場面なのだろう。
榊さんとの距離が更に縮まる。
(キス、されるっ……!)




