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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第三章
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 翌朝――。

 俺はベッドから起き上がりながら額に手を添えた。

(頭が重い……。飲み過ぎたか? ……いや、久し振りに泣いたせいか)

 自分があの程度で酔うとは思えない。

 冷静になった今の頭でなら分かる。

(昨日のアレはなんだったんだよ。結局何しに来たわけ? あの人。……いや、追い返したのは俺なんだけど……。それにしたって……っ)

 昨日のことを思い返して、額に添えていた手をギュッと握る。

(ほんと、何がしたいんだ……あの人は……)

 ――「俺だけのモノにしたい」――

「!! ……っくそ」

 俺は乱暴に布団を捲り、ベッドを軋ませて立ち上がった。

「はぁ……。しかも、泣き顔見られた。最悪だ」

 仕事を休んでしまいたかったが、この忙しい時期にそうはいかず、立場上許されることじゃない。

(職場が違うってことが救いだよな)

 重い体を無理矢理動かしていざ仕事へ――。

「……あ」

 俺は重大なことを思い出して顔を引き攣らせた。

「車、店じゃん……」

 急いで駅に向かい電車に乗っても、多分間に合わない。

 と、その時インターホンが鳴り響いた。



「助かりました。もう遅刻覚悟したところだったんですよ」

 昨日と同じ、片山さんが運転する車の中。

 心配になって迎えに来てくれたらしいのだが……。

「良かったんですか? 方向逆でしょうに」

「少しばかり遠回りするくらい、問題ないです。それに、店長が遅刻したってなったら、小笠原に突っ込まれますよ」

「あははぁ……まぁ、そうですね」

 自分の不甲斐なさに乾いた笑いが零れた。

 そして、昼近く。

 P帯である小笠原も出勤してきたのだが、どうも顔色が悪いように見える。

「おはよう、小笠原」

 いつもならここで元気な反応が返ってくるのだが。

(調子悪そうだな。早退させた方がいいか?)

「……大丈夫か? 忠告も聞かずにあんなに飲むからだぞ」

 多分二日酔いだろう。

 俺はそう結論付けたのだが……。

「働けるなら着替えて来いよ。もし無理そうなら早めに――」

「ねえ……優ちゃん」

「? ……どうした?」

 漸く口を開いた小笠原。

 でもここは店の入り口だ。

 話なら上で聞こうと彼の背中を押して促そうとしたのだが、それは阻まれた。

「え……。ちょ、どうしたんだよ……?」

 突然、小笠原の腕が首に掛かったかと思うとそのまま身体を引き寄せられた。

 腕の中に納まった俺は、驚きと不安に顔を歪めた。

 こんなに覇気のない小笠原は初めてだ。

 この状況に周りからの視線も戸惑いの色を感じる。

 その中にはキャーという小さな黄色い悲鳴のようなモノまで混ざっていたが、聞かなかったことにしよう。

「おい。小笠原? 辛いならもう帰れ」

 仕方なく彼をあやすように背中をポンポンと数回叩く。

「優ちゃん……」

「? だから、どうしたんだよ……」

 耳元で囁くように喋る小笠原の次の言葉に、俺は耳を疑った。

「――……」

「は……? どういう……」

「気付いたんだ。……多分、だけど……、オレも優ちゃんが好きかもしんない。もちろん、LOVEの方ね」

「……はい?」

(ちょっと待て。またいつもの冗談か? 多分とかかもとか言ってるし……)

 いや、だからこそ余計に真面目さを感じるが……。

(ふざけた様子も一切ないし。それか、そう見せかけてからかっている……とか?)

 俺は小笠原の出方を待つ。

 けれど、一体どこでそんな気持ちに気付いたというのだろう。

 昨日は全く変わった様子はなかった――はずだ。

「オレさ」

「うん?」

「今まで否定し続けてきたんだと思う。優ちゃんはオレを見ていないこと分かってたし、困らせたくないって、自分の気持ちにセーブをかけてたんスよ」

「……」

「でも、片山さんのことがきっかけで、作っていた壁が壊れたっていうか……」

「小笠原……」

 彼の小さく笑う息が耳にかかる。

「……昨日は、片山さんに送ってもらったんでしょ?」

「! ……知ってたのか」

「なんとなくね」

 もしかして、昨日片山さんが飲まなかった理由を察したのだろうか。

(こういうことには勘の働く奴だからな。コイツは)

 真剣みの帯びた声音に少しばかりたじろぎ、この空気をどうにかしたくて俺は小笠原の身体を押し返す。

「いつまで抱きついてるつもりだっ……場所を考えろ」

「考えたら、していいんスか?」

「っ……うるせー。そんなわけねぇだろ!」

(コイツのペースに呑まれてたまるかっ)

 尚も顔を近付けて来ようとする小笠原から後方へ一歩逃げる。

 ――ドンっ。

(わっ。ぶつかった……!)

 背中に軽い衝撃を受けた俺はパッと振り返った。

「すみませ……」

(――!!?)

「こんなところで何をやっているんだ? お前たちは」

 まさか、昨日の今日で会うとは思わなかった。

(何であんたがココにいるんだよ!?)

 という心の叫びに勘付かれないように必死に表情を取り繕う。

「す……すみません。えーっと、今日は……何故、ここに?」

 笑顔を作るも口元が引き攣るのを抑えきれない。

 そして、彼の長い指が溝ほりフレームのスリムな眼鏡を押し上げた。

「はぁ……。あからさまに嫌がるな」

「だ――」

(誰のせいだと思ってんだ……!)

 小笠原や客のいる手前、食って掛かることはできずに押し黙る。

「昨日の続きだ。今日は休みをもらっていたから、フェアについて意見交換しに来たんだが……」

 俺と小笠原を交互に見る榊さんの目が……、

(こ、怖い……? いや、目つきが鋭いのは通常運転のはずだけど……。今日は一段と気合いの入った鋭さだな。もしかして、俺、何か怒らせたか?)

 昨日のことは別にこっちが謝る必要はないはずだ。


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