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夏にはビールが格別だが、どうせならビアガーデンで一杯やりたい。
牛肉を頬張り、ビールを一気に呷る。
「ぷはーっ。美味い!」
「優ちゃんも結構飲むっスよねー。オレ、最初会った時お酒ダメな人かと思ったっス」
「あ、僕も思いました。でも、カクテルとかワインが似合いそうですよね」
俺はビールを注ぎながら、二人のセリフにクツクツ笑う。
「なるほどなー。けど、こう見えて俺、結構強いんだよ。酔った記憶殆ど無ぇくらい」
「あ、ならオレ優ちゃんを酔わせてみたい!」
「僕も見てみたいです」
「店長、今日は思う存分飲んで下さい」
最後の片山さんの言葉に俺は目を丸くした。
彼まで話に乗ってくるとは思わなかったからだ。
「そうだなぁ……。あ、なら、片山さんが飲んでくれるなら、俺も今日は飲んであげてもいいですよ」
「いいえ。俺の分まで店長が飲んで下さい」
「ハハハッ。頑なですねー、片山さん」
まだ酔ってはいないが、場の空気に気持ちが緩んでテンションが上がる。
そして、追加注文した肉と野菜が運ばれてきた。
「あら? アヴェク・トワの店長さんじゃないですかぁ! お久しぶりですね」
声を掛けてきたのは若い女性スタッフ。
俺は彼女が運んできた皿を受け取りながら軽く頭を下げる。
「どうもこんにちは。客の顔を覚えてるなんて、さすがですね」
「当たり前ですよぉ。店長さんのファンの子多いですから、ここのスタッフ」
「それは知りませんでした」
瞳をキラキラさせながらキャッキャとはしゃぐ彼女が、急に眉を下げて胸の前で拳を握った。
「でも、ここのところ来てくれなくて、みんな寂しがってたんですよー?」
「ああ。この時期は書き入れ時で、なかなか店から離れられなくて。今日は店の都合で飲みに来れたけど、また忙しくなりそうで……」
「そうなんですかー……。じゃあ、私が遊びに行きますよ! お仕事頑張って下さいね!」
丁度後ろから客に声を掛けられた彼女は、話をそこそこに切り上げて離れて行った。
俺は皿に乗った野菜を一掴みして、網にパサッと乗せる。
「ここでも優ちゃんは人気者なんスね♪」
「でも、声を掛けてきたのは僕初めて見ました!」
日野が珍しく興奮気味だ。
多分酒が回って来たのだろう。
「まあ、プライベートでも前は良く来てたからな。榊さんとか神条さんに連れて来られて」
「それって優ちゃんが店長見習いしてた時の話っスか?」
何故か食いついてくる小笠原に嫌な予感を覚えた。
「オレ、優ちゃんが必死になってるとこ見てみたいんスよねー。榊店長とかオーナーに叱られたりしたんスか?」
(何だコイツは! 面白がってんのか!?)
あからさまに言いたくないと顔を顰めたが、小笠原が遠慮をするわけもなく……。
ジッと返答を待つ小笠原に、俺は小さく息を吐く……。
「……そりゃ、俺も最初はいろいろ覚えようって必死になったし、うっかりしたことには叱られもしたぞ」
それよりも、意地悪された記憶の方が色濃く残っているのだが……。
(そんなこと話せるわけねーしな。――その理由が……っ)
俺は咄嗟に下唇を噛んだ。
危うく榊さんの告白を思い出して、顔を赤く染めるところだったからだ。
(あの人のことで赤くなるとかあり得ねーよ!)
「はい、優ちゃん。あーん」
「あ……?」
「じゃがいも。食べさせてあげる♡」
口元に差し出された、きつね色に色付いたジャガイモを睨む。
「自分で食えるって」
「だーめ。ほらほらー、タレが落ちちゃうから早く!」
「ちょ、バっ……んぐ!」
抗議しようと開いた口に無理矢理押し入って来たジャガイモに眉間に皺を寄せる。
「どう? 美味いっしょ?」
「んっ……美味いけど、お前強引過ぎだバカ野郎! 口にタレがついちまったじゃねーか」
「痛っ」
軽く小笠原の頭に拳骨を落とし、顎まで伝いかけているタレを親指で拭った。
(人の目があるってのに、良く出来るなこんなこと……)
相手が小笠原だからか、軽いノリについ受け入れてしまう雰囲気がある。
(俺だから、とか前に言ってたが……)
今ここに榊さんがいないことに安堵する。
もしいたら、また変につっかかってくるかもしれない。それだけは御免だ。
(……て、何考えてんだ俺はっ。別に、あの人がどう思おうが俺には関係ねーじゃねえか!)
「あの、店長」
「あ? ……あ、片山さん……何か?」
つい流れで小笠原と同じ対応に出てしまい、自嘲気味の笑みを滲ませながら片山さんに小首を傾げる。
「まだ、ついてますよ」
「へ……?」
「ココ」
そう言うと、彼は俺に手を伸ばし、あろうことか口元を濡れたおしぼりで拭った。
「――!?」
「綺麗になりましたよ」
俺はいろんな意味で、赤面を抑えきれず、思い切り身を引く。
「片山さんまでっ! そういうことは言ってくれれば自分でできますから‼」
拭われた個所を手の甲で押さえてそう訴える。
(どいつもこいつも俺をガキ扱いしやがって! 俺は上司なんだぞ!? 分かってんのかコイツ等は!!)
「あっははは。優ちゃんってつい世話焼きたくやっちゃうんスよね~。美人だし反応が可愛いし♪ ……だからでしょ? 片山さん」
「……そうだな」
(そうだな!? っつか真顔で同意しないでくれ‼)
もう色々と恥ずかし過ぎて声すら出せず唇を噛む。
「でも、店長ってそれだけじゃないと思いますよ?」
(ナイスだ日野! 言ってやれ!)
酒のせいかほんのり顔を赤く染めている日野に、みんなが注目する。
「確かに美人で何事も卒なくこなしてカッコイイんですけど、たまにおっちょこちょいだったりするんですよね」
(……はい?)
予想だにしなかった言葉にポカンと呆気に取られる。
「僕見ちゃったんですよ~。この間店長ってば、アイスコーヒーとウーロン茶、間違えてお客さんに出しちゃって、甘いウーロン茶なんて飲みたくなーいなんて言われて笑われてましたよね」
「ちょ! あ、あれは目が回る程忙しくて、つい確認を怠ったせいで……っ」
やっとのことで弁解するも、それはあっさりスルーされた。
「あー、それならオレも見たっス! 前に事務室覗いた時、優ちゃんすっごく眠そうにパソコン見つめてて、コーヒーカップを取ろうとしたら、間違えて置時計取ってたんスよ! しかも間違えたことに気付かないまま……チュー♡」
「テメッ!? 盗み見してんじゃねーよ!」
「あの時計ってオーナーからのお土産でしたよね。カレンダー付きで、世界中の時刻が分かるって代物で」
(またスルーか……)
「そうそう。LEDライトで文字盤が光る仕組みなんスよね。あれ自分の部屋にも欲しかった!」
日野と小笠原のトークにそろりと身を引く。
もう怒る気にもならない。
(こいつ等、完璧に酔ってんな)
俺もビールを呷りながら、焼けた肉を食べ進める。
すると、ふいに内緒話をするように口に手を添えて顔を寄せてきた片山さんが、俺に囁いた。
「さっきの話、本当ですか?」
「……さっきって?」
「店長の、失敗談ですよ」
「!? ゴホッ。……掘り返さないで下さいよ!」
俺はむせ返りながらも極力声を顰めて訴えた。
そんな俺に、片山さんは珍しく楽しそうに笑った。
(へえ? ……この人も、こんな風に笑うんだな。笑うこと自体ないわけじゃないけど、いつも取り繕ってるっつーか、心から楽しそうって感じじゃないもんな)
なんて思うのは失礼か。
仲間の貴重な一面を見れたことには、自分の恥ずかしい話も無駄ではなかったのかもしれないと思う。
そして、飲み始めて四時間は経っただろうか。
あれほど飲み過ぎるなと言ったにも関わらず、しこたま飲んだ小笠原が膝枕をせがんできて、その辺で寝てろと押し返したらそのまま隣で潰れてしまった。
日野は酔いを冷ますためか途中からレモンスカッシュを飲んでいた。
外はすっかり夜の世界。
酔い潰れた小笠原を支えている日野に、俺は声を掛けた。
「大丈夫か? 確か小笠原のマンション、近かったよな。俺も付き添った方がよさそうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。全然慣れてるので、このままタクシー捕まえて帰ります。じゃあ、おやすみなさい」
そう言うとペコリと頭を下げて、二人は帰って行った。
「さて、じゃあ俺は電車で帰るので、片山さん、また明日も宜しくお願いします」
片山さんに軽くお辞儀をして駅へと足を向けた時、いきなり腕を掴まれた。
「片山さん……?」
振り返って、俺は片山さんを見遣る。
「店長。今日は遅いので送っていきます」
「……はい? や、でも……」
確か、彼の家は俺とは逆方向だったはず。
俺の言わんとしている事を察したのか、片山さんが僅かに笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。自分は飲んでいないんで、車で送ります」
「え……もしかして、この為に飲まなかった、とか?」
「……その辺は、追究しないで下さい」
(や、普通するだろ。もしかして、変にプライド高い……とか?)
頷くまで腕を離してくれなさそうな雰囲気に、俺は僅かに肩を竦めた。
「……じゃあ、宜しくお願いします」
「はい。じゃあ、車回してくるので待っていて下さい」
この辺は駐車するスペースが非常に少ない。
だから店に置いておいた方が都合がいいから、みんなそうしている。
店の方へ消えて行った片山さんを見送ってから、俺は星の見えない夜空を見上げた。
(変に気を遣う必要ないんだけどな。正直、二人きりになったら、どうしていいか分かんねぇし……)
片山さんは平気なのだろうか。
(何も言わないし、特にもう好きじゃなくなったとか? ……や、別に好きでいて欲しいとかじゃねーんだけど! そもそも、ちゃんと告白されたわけじゃねえし……)
中途半端すぎて余計に考えてしまう。




