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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第二章
16/17

「ああ、見ていた。お前らが二人でイチャついてるのをな」

「え……何の話ですか?」

 俺には全く見当がつかない。

「昼休憩の時だ。スタッフルームで小笠原と……」

(? ……まさか、アレを見られていたのか!?)

 扉の音が聞こえたのは気のせいじゃなかったのだ。

「ま、待って下さい! あれは別にイチャついてたとかじゃなくて、アイツがどうしてもって言うから……」

「それにしては、随分と楽しそうだったじゃないか」

 そんな風に勝手に決め付けてくる榊さんに、先輩だろうが俺は我慢できなくなった。

「さっきからどうしてあんたはそう……っ。アイツがどう思ってんのか知りませんが、俺は仲間の一人としか見てません! 勝手に勘ぐるのは止めて下さい‼ それに、榊さんには関係のない事でしょう。どうしてそう突っかかってくるんですかっ?」

 一気に捲し立てたせいで、俺の肩が上下する。

 榊さんの目が、一瞬驚きに見開かれたが、直ぐに鋭さを取り戻した。

「関係ないか。まあ確かに俺には関係のないことだ。今はな」

(今は……?)

 首を傾げる俺に、目の前の口端が吊り上がった。

「突っかかる理由、教えてやろうか」

「はぁ? 何なんですか、それ……」

(理由? 榊さんが俺に突っかかって来る理由……嫌がらせ、以外にあるのか?)

 しかし、紡がれた言葉に、俺は耳を疑った。

「俺も好きだった」

「え……?」

「雪乃のことが」

(――今、何て言った?)

 平然と凄い事を告白してきた榊さんを、俺はただただ見つめることしかできなくて……。

「優一ほど付き合いは長くはないが、雪乃とは大学から今までずっと一緒だったからな。二人でいろんなことやってきたし、店やろうって最初に俺を誘ってくれたのも雪乃だ。いつの間にか好きになっていた」

 まさか、榊さんも俺と同じ境遇だったなんて思いもしなかった。

(榊さんも、辛かった……よな……。でも、ちょっと待てよ?)

「あの。それと俺に突っかかる理由と、どう関係が……?」

 俺から離れ、再度椅子に腰を下ろした榊さんが、長い足を軽々と組んで続けた。

「店を始めて数年経った頃のことだ。雪乃にお前を紹介されて、最初は素直で感じのイイ奴が入ったなと思った」

「アハハ……」

(悪かったなぁ。今はどうせ真逆だよあんたのせいで!)

「優一の教育係についてから、お前の雪乃に対する気持ちを知るようになって、良いイメージを持てなくなった。――嫉妬って奴だな」

 驚いた。

 まさか、この榊さんから嫉妬というセリフが出てくるなんて、思ってもみなかったからだ。

 彼の中ではもう過去の話となっているから、平然と言ってのけられるのかもしれないが……。

(俺は全然駄目かもな……)

(あれ? 俺への嫌がらせって、まさかコレが原因⁉)

 嫉妬してあんな子供じみた嫌がらせって、今思うと不思議でならない。

 大人で、格好良くて、何でも完璧にこなして人望も厚い。誰もが憧れて止まない人だ。――俺を除いての話だが。

 俺は持ったままのパンを腹いせとばかりに口に押し込み完食した。

「でもな、それは勘違いだったんだ」

「……勘違い?」

「嫉妬はお前にじゃなく、お前の雪乃に対する気持ちにだったんだ」

「え、どう違うんですか?」

 問い掛けると、何を思ったのか榊さんが静かに俺を見てから視線を外し、口を開いた。

「優一が、俺を見てくれたらいいのにと思う自分がいた」

「……へ?」

 今度は真っ直ぐに俺を見つめてきて……、

「いつからか分からないが、気が付いたらお前から目が離せなくなっていたんだ」

 落ち着いた、低い声が俺の胸を打つ。

 苦手な人のはずなのに、今は何故か目を逸らせない。

 絡みついてくる視線が熱くて、俺の頬がじわじわと紅揚していくのが自分でも分かる。

「で、でも……、榊さんは俺のこと嫌いだったんじゃ……」

(そうだ。嫌がらせだって本当に毎日だったし、仕事量だって人の何倍も押し付けてきたじゃないか……!)

 なのに今言われた言葉は、それらとは結びつかない。

 頭が混乱する。

「お前を紹介された当初は、俺もまだ雪乃が好きだったからな、嫌がらせのつもりでキツク当たっていたかもしれない」

「……」

「意地悪は……大人げないとは思うが、好きな子を構いたくなる気持ちと同じだ」

 つまり彼は、好きだから優しくしたいが照れ臭くて真逆の行動を取ってしまうタイプということか。

 一気にいろんなことが分かったせいで、頭の混乱は治まらない。

 動けずにいる俺に、彼が声を掛けてきた。

「……優一?」

「ひっ」

 俺の引き攣るような小さな悲鳴に、俺に触れようとしていた榊さんの手がピタリと止まった。

(榊さんが俺を……好き?)

 それとも、これも意地悪の延長なのか……。

 苦手意識を持っていた時間が長過ぎて、どう考えたらいいのかさえ分からないほどに、俺はパニックになっていた。

 そんな俺の様子に、榊さんは手を引っ込めて立ち上がった。

 その彼を見上げることさえ、今はできなかった。

「お前、俺の事怖がっていたみたいだったからな、俺がいきなり告白しても今以上に混乱していただろう。だから今日は俺の事を知ってもらう為に全部話したんだ」

「……っ」

「苦手なら、克服させるまでだ」

「――えっ……?」

 のろのろと顔を上げた時には、榊さんの姿はもう無かった。

 その後も、俺は放心したように座ったまま呆然としていた。


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