第七話 泥濘の火花
軍議を終え、直冬の傍らに控えて天幕を出た多門の前に、影が落ちた。
「これはこれは、若君の愛い小姓殿。今日も熱心な御奉公、恐悦至極に存ずる」
厭な声だった。石堂頼房が、数人の郎党を引き連れて道を塞いでいる。
その視線は隠そうともせず、多門の喉元から腰のあたりを執拗に撫でまわした。
「石堂殿……。公務の邪魔だ。退け」
多門は低く、拒絶の意志を込めて告げた。
だが、石堂は鼻で笑い、さらに一歩距離を詰める。
「若君の寵愛を盾に、随分と威勢が良い。だが楠木の小倅よ……その細い首が、いつまで胴に繋がっていられるかな。若君の気紛れが醒めれば、貴様などただの肉の塊だ」
石堂の手が、多門の肩に置かれた。
昨夜、直冬に触れられた場所。そこを汚されるような嫌悪感に、結は思わず身を震わせた。
「触れるな、と言っている」
「ほう、身震いするか。案外、中身は女のように柔いのではないか?」
石堂の指に力がこもる。多門が刀の柄に手をかけようとした、その時。
「石堂。貴様に、俺の所有物に触れる許可を与えた覚えはない」
背後から、大気を震わせるほどの低い声が響いた。
直冬だ。
彼はいつの間にか石堂の背後に立ち、その圧倒的な威圧感で周囲を沈黙させていた。
「若君……。いや、これは、楠木の残党と馴れ合うのも如何なものかと、少々釘を刺して……」
「釘を刺すのは俺の役目だ。貴様ではない」
直冬は石堂の腕を、骨が鳴るほどの力で掴み、多門から引き剥がした。
石堂の顔が苦痛に歪む。直冬の瞳には、一切の慈悲もなく、殺気だけが宿っていた。
「二度目はないぞ、石堂。……下がれ」
石堂は言葉を失い、逃げるようにその場を去った。
残されたのは、降り始めた小雨の中に立つ、直冬と多門の二人だけだった。
「……助けなど、いらぬ」
多門は拳を握りしめ、直冬を見上げずに吐き捨てた。
「助けたつもりはない。俺の物を勝手に損なわせぬと言っているだけだ」
直冬は多門の頬についた雨粒を、親指の腹で乱暴に拭った。
「石堂のような俗物に怯えるな。貴様を追い詰めるのは、俺一人で足りるはずだ」
直冬の言葉は、守りであって、同時に残酷な縛りでもあった。
結は、石堂の悪意よりも、直冬のこの底知れない独占欲の方が、自分という存在を深く、絶望的なまでに浸食していることに気づいていた。
泥濘に散る火花。
その熱は、憎しみと縋りたさの境界を、音を立てて崩していく。




