第六話 秘め事の疼き
直冬の小姓として配置されてから、数日が過ぎた。
軍議の場では直冬の背後に控え、陣中では彼の身の回りの世話をする。それが多門に与えられた役割だった。
だが、その平穏は、薄氷を踏むような危うさの上に成り立っている。
深い夜。
直冬の天幕の中で、結は震える手で自身の直垂を解いていた。
一日の役目を終え、ようやく晒を巻き直そうとした、その時だった。
「……巻くのが下手だな。それでは呼吸が浅くなる」
不意に背後から声をかけられ、結は短く息を呑んで振り返った。
いつの間に戻ったのか。直冬が、暗がりにその巨躯を静かに佇ませていた。
「……滅多なことを。足利の若君ともあろうお方が、捕虜の身なりなど構われるな」
多門としての声音を絞り出し、結は一歩退いた。
だが、直冬は答えず、結の拒絶を無言の威圧感で撥ね退けた。床に落ちかけていた晒の端を、無造作に拾い上げる。
「黙れ。多門としての貴様が戦場で使い物にならねば、困るのは俺だ」
直冬は結の背後へ回り込み、その白い布を迷いなく回した。
背中に、直冬の強固な胸板の熱が直に伝わってくる。
彼の大きな掌が結の腹部をかすめ、胸元へと晒を導いていく。
「っ……!」
結は奥歯を噛み締め、声を殺した。
布越しとはいえ、直冬の指先が、隠そうとしている女の輪郭を丁寧になぞっていく。
それは単なる装束を整える手伝いなどではない。
敵の手に落ちた獲物を、指先の一つ一つに刻み込もうとする、直冬の無言の支配であった。
「……貴様は、こうして毎日、己を殺して生きてきたのか。楠木の家名のために」
直冬の囁きが、結のうなじに熱くかかる。
「……それが私の宿命だ。仇たる足利の者に、何がわかる」
「死者の願いに縛られ、生身の己を蔑ろにするか。……滑稽な話だ」
直冬は晒をぐいと引き絞った。
結の肺から空気が押し出され、視界がわずかに火花を散らす。
苦しさに身をよじると、直冬の腕が、折れそうなほど細い結の体をさらに強く抱きすくめた。
「だが、その滑稽な覚悟……俺は嫌いではないぞ」
直冬の指が、結の耳朶を軽くかすめ、首筋を降りていく。
多門として戦場に立っている時には決して見せない、結としての「疼き」が、彼の触れる場所から波紋のように広がっていく。
「……巻き終えたなら、早々に離れられよ。ここは貴殿の天幕だ」
結は、背後にある熱を振り払うように低く鋭い声を発した。
「いつ、誰を離すかは俺が決める。貴様に指図される覚えはない」
直冬は突き放すように応えると、結の肩口にその顔をさらに近づけた。
熱い。
結は、自分が「多門」として築き上げてきた誇りが、仇敵の体温によって容易に溶かされていく恐怖に震えた。
夜の帳の中で、締め付けられる晒の痛みと、直冬の手のひらの熱。
その二つだけが、いま、結が生きている唯一の証だった。




