第四話 修羅の共犯者
「楠木多門は、死んだ」
直冬の放った言葉が、結の胸の奥深くに突き刺さる。
晒を解かれ、女としての肢体を冷たい空気に晒したまま、結はただ震えていた。
直冬の腕の中に閉じ込められ、逃げる術も、命を断つ刃もない。
「……殺さぬなら、私をどうするつもりだ」
結は、震える声で問いかけた。
直冬は答えず、結の濡れた黒髪を無造作に指で梳いた。その手つきは、慈しみというにはあまりに荒っぽく、執着というにはどこか投げやりだった。
「言ったはずだ。俺の『秘事』として飼うと」
「……楠木の将を、弄ぶのが望みか」
「楠木、楠木と……。貴様も、俺の父と同じことを言うのだな」
直冬の瞳に宿ったのは、激しい怒りではなく、底知れぬ虚無であった。
彼は結から視線を外し、暗い天井を仰いだ。
「足利の名を汚すな、嫡男らしくあれ。……誰も俺自身を見ようとはせぬ。父にとっては、俺という存在さえも、足利という家名を飾るための道具に過ぎなかった」
直冬の口から漏れたのは、独白に近い、渇いた述懐だった。
「俺は足利の者ではない。父に疎まれ、歴史からも疎まれた、ただの直冬だ。……結。貴様もまた、楠木の家名に縛られた人形でしかなかったのではないか」
結の心臓が、大きく跳ねた。
自分を暴いたこの男の背後に見えたのは、自分と同じ、帰る場所を失った一人の魂であった。
楠木の娘として、男として生きることを強いた死者たちの声。
足利の嫡男として、父に否定され続けた生者の孤独。
二人の境遇は、鏡合わせのように似通っていた。
「……貴様が楠木を捨て、俺が足利を捨てる。この闇の中だけでいい。……俺という男を、ただ見ていろ」
直冬の手が、結の剥き出しの背に回された。
その掌は、驚くほど熱く、そしてどこか縋るような頼りなさを孕んでいる。
結は、もう「武士の情け」を請うことはしなかった。
この男を拒絶することは、自分の中に映る孤独を拒絶することと同じだと悟ったからだ。
「……わかった。この命、貴殿に預ける」
結は、震える指先を直冬の強固な腕に添えた。
それは、忠義でも、愛でもない。
泥濘の底で出会った二人の修羅が、互いの存在を唯一の拠り所とするための、呪いのような契約であった。
「……だが、外に出れば私は多門だ。楠木の将として、貴殿の敵であり続ける」
「構わぬ。その二つの顔、俺一人が暴き続けてやろう」
直冬が低い笑い声を漏らし、結をさらに深く引き寄せた。
夜の帳が、二人の秘密を深く飲み込んでいく。
足利直冬と楠木結。
相容れぬはずの二人の運命が、この密室で、残酷なまでに分かちがたく結ばれた。




