第二話 汚れた檻
直冬の私室に放り込まれた多門は、板敷きの冷たさに肩を震わせた。
本陣の奥深く。外の雨音は遠のき、代わりに重苦しい沈黙が部屋を満たしている。
背後で、重い引き戸が閉まる音がした。
「……いつまでそこに蹲っている。立て」
冷徹な声が降ってくる。
多門は奥歯を噛み締め、顔を上げた。
そこには、具足を脱ぎ捨て、薄衣一枚となった直冬が立っている。
松明の火に照らされたその肉体は、数多の戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ、猛々しいまでの威圧感を放っていた。
「……俺をどうするつもりだ。足利の修羅よ」
多門の声は、自分でも驚くほど弱く震えていた。
直冬は答えず、ゆっくりと多門との距離を詰める。
多門――結は、喉の奥で息を止めた。
雨に濡れた直垂が肌に張り付き、きつく巻いた晒の起伏が、その掌に触れてしまうのではないか。
その恐怖が、結の思考を真っ白に染め上げる。
「石堂の言う通りだ。貴様、楠木の将を名乗るには、いささか体が細すぎるな」
直冬の手が、無造作に伸びてきた。
多門は反射的に身を引こうとしたが、逃げ場はない。
直冬の硬い指先が、多門の濡れた襟元を、検分するようにゆっくりとなぞった。
わずかに触れただけの指先から、驚くほどの熱が伝わってくる。
「ひっ……!」
短い悲鳴が結の口から漏れた。
直冬の眉が、微かに動く。
「……怯えているのか。死を覚悟したはずの楠木の将が、指先一つ触れられただけで、稚児のように喉を鳴らすとは」
直冬の視線が、多門の首筋から、固く閉じられた胸元へと鋭く降りていく。
それは、石堂の卑俗な視線よりも遥かに深く、結の「真実」を抉り出そうとする刃のようだった。
「その目は、何だ。……俺を睨み据えながらも、瞳の奥に濡れた光を宿している。その震え、その温もり……」
「……貴殿に、何がわかる」
多門は必死に言葉を絞り出した。
だが、直冬の鼻先が触れそうなほど近くまで迫り、彼特有の、血と鉄の匂いが結の鼻腔を突いた。
「わからぬ。だから、こうして確かめている」
直冬の手が、多門の襟ぐりを強引に掴み、引き寄せた。
結の心臓が、耳元で暴れ狂うように鳴り響く。
(暴かれる。……武士としての死すら、許されぬのか……)
直冬の掌が、多門の肩から背中へと回る。
引き寄せられた衝撃で、二人の体が密着した。
晒で固く締め付けられたはずの結の胸が、直冬の強固な胸板に、逃げ場なく押し潰される。
「……ほう」
直冬の口から、短く、低い呻きが漏れた。
多門の肩を掴む彼の力が、一段と強くなる。
「楠木多門。貴様……。その痩せた体で、一体何を隠している」
直冬の瞳に、獲物を見つけた猛禽のような、暗い愉悦が灯った。
結は悟った。
この男は、手の内に伝わる肉体の柔らかさに、もはや疑念を抱いている。
絶望と、そして名状しがたい熱い戦慄が、結の全身を駆け抜けていった。




