第十七話 因縁の夜
山崎の野は、石堂軍の屍を飲み込み、不気味な静寂に包まれていた。
だが、その向こう岸には、松明の海が広がっている。足利尊氏の本隊、数万の軍勢。明日、直冬と結は、血を分けた父であり、一族の仇であるあの男と、生きては戻れぬ決戦に臨む。
本陣の奥、直冬は血塗れの甲冑を脱ぎ捨て、多門――結と二人きりで座していた。
結の頬には、まだ石堂の返り血が微かに乾き残っている。直冬はそれを、狂おしいほど優しい手つきでなぞった。
「……怖ろしいか、結。明日、俺たちは真の『足利』に飲み込まれる」
「……怖くはない。もし貴殿がその刃に倒れることがあれば、案ずるな。私が貴殿の代わりに、尊氏の首を叩き落としてやるまでだ」
結は真っ直ぐに直冬を見据え、言い放った。その瞳には、一族を滅ぼされた楠木の怨念と、目の前の男を独占しようとする女の意地が同居している。
「ふん……。相変わらず可愛げのない珠だ。だが、貴様にそう言われると、死ぬのが馬鹿馬鹿しくなるな」
直冬は自嘲気味に笑うと、結の腰を強引に引き寄せ、背後から抱きしめた。
戦装束を脱ぎ捨てた結の肌には、激闘の高揚か、あるいは直冬への焦がれか、微かな震えが伝わっている。
直冬の手が、結の胸元を固く守っていた晒を、今夜は一寸の容赦もなく引き解いた。
「ああ……っ」
闇の中に、月の光を浴びたような白い双丘が露わになる。
直冬はその豊かな肉を両手で包み込み、石堂の汚らわしい言葉が触れた場所を、自らの熱い指先で丁寧に、そして執拗に疼かせていく。
「石堂の首を討ち、奴の言葉も消えた。……だが、まだ足りぬ。明日の戦場へ出る前に、貴様のすべてを、俺という呪いで満たしてやりたい」
直冬の唇が、結の項から背筋へと這い降りる。
結は、己の内に宿る楠木の誇りが、直冬の愛執という熱に溶かされていくのを感じた。
「……貴殿。明日の戦い、私は……」
「黙れ。今はただ、俺の腑抜けになれ」
直冬は結の身体を反転させ、その唇を乱暴に塞いだ。
重なり合う二人の影が、天幕の壁に大きく揺れる。
それは、明日の死を予感しながらも、今この瞬間の「生」を互いの肉体に刻み込むような、凄絶な交わりだった。
具足の擦れる音も、軍馬のいななきも、今夜だけは遠い。
二人は、世界から切り取られた檻の中で、互いの熱だけを頼りに、夜の深淵へと堕ちていった。




