(3)
「童貞は死ねっ!」
いーかげんに死なねえかなこの本屋店主。
私は「懐中水時計」にきていた。それも地下書庫である。
何かの襲撃があったり、地震があったりしたら確実に溺死するな……と思わせる本の山、本の山。書架につぐ書架に、しかし私は悪い気がしてなかった。まあ、魔女のもとで魔法を学んだ身ですから。
「おまえさんと同じ貴族だっつーのがいやんなるよ」
私は率直に思いのたけをいった。
「俺はもう爵位を放り投げたっていったろ」
「生きざまの問題だっつの。で? 連絡受けたけど、みょうちきりんな魔術書だって?」
この男が私に本がらみで相談を持ちかけるとは珍しい。もともと学者はだしな「すたこらさっさ」的にインテリ学者知識人が逃げだす、頭脳明晰博覧強記が、この男の売りなのだ。
「セリゼや、お前俺をなんか魔法使いかなんかと勘違いしてないか?」
「レル、あんたもう三十過ぎのリア充ヘタレ童貞だろ、魔法使いの条件、部分的にだが満たしてるじゃないか」
「ど、どどどど童貞ちゃうわ!」
「なにがだよ。リッテに対するあんたの態度は目に余るっつーの」
「……あのさ」青年、神妙になる。「ひょっとして、この件って、結構大々的にバレバレ?」
「子細は、今回の件にイロつけたら教えてあげよう」
「クソッ、公爵が市井の民草に足下みるか……まあいい、今回あんたに頼むのは、これだ」
何十もの魔術感熱羊皮紙にくるまれ、厳重にヒモで縛られた本がある。この紙に描かれている術式も、ヒモのゆわきかたも、紙の材質でさえ、すべて封印術式に関するものである。
「へえ……旧170年ムルダウ式か……丁寧で堅実で、まともな封じ方だ」
「俺のような読書家が伝承で知ってるようなものを、常識のようにいうなよ」
「年の功だ。精進せいよ」
……まあ、レルエリィが頼ってきたのもわかる。このレベルは、この町の魔術師ギルドでは扱いかねる。いや、彼らの腕を非難しているわけではない。彼らは有能だ。誠実だし、各魔術セクトに対する互いのリスペクトも忘れない。この業界、互いのヘイトがやたらと多すぎる……白黒魔術間はもとより、召還魔法も場合によってはだし、ネクロマンシーにいたっては……
おろかなことだ。ああ、話がそれた。
ムルダウ式……ずいぶんと古いモノを持ち出したもんだ。アンティーク、っつか、マスケット銃レベルの古典術式……ああ、それを伝承レベルというのか、人間感覚では。私も年をとったな……ババア乙とかいった奴ぶっ殺す。
私はそれなりの興味をもって本を持ち上げる。
その刹那、――殺気、私だけ、感じて。
これは、
あかん。
「レル、これは私に任せて。丸投げで」
「どうしたんだ――いや、詮索はヤボだ。頼ったのは俺だからな。お願いする、ユーイルトット卿」
「任せたまえ、ヒルトハミット卿……ときに」
「なんだ」
「今回はどうして童貞死ねと?」
ガクッとその場に崩れ落ちる青年貴族。やがて乾いた笑みを浮かべて、
「毎月ハードコアロリ漫画買ってた、剛の若き漢がいてな」
「業のじゃないの?」
「だれがうまいこといえと。で、そいつに恋愛相談持ちかけられた」
「はんざいだー!」
「……年上の未亡人に対する、どうしようもない慈愛の念に心が狂おしい、と。涙ながらに。今度デートに誘うのだが、要求恋愛経験値と偏差値がこのバアイ余りに高すぎるのでアドバイスプリーズと。昼と夜の場合分けで」
「極まっとるな……」
「昼も夜も、どちらにせよ背伸びすんなとだけ伝えといた。どちらにせよ今のお前さんは『亡き彼』にはかなわないんだから、みたいな」
「妥当だな……もう死ねよリア充ども」
私は町のはずれにきていた。今日は町で過ごしていたほうがいいと思っていたのに、結果としてこういうことになるとは。
灯台もとの桟橋にいく。そこには、絶世の美少女灯台守と、友人の釣り人がいた。この二人仲いいな。
「あ、セリゼだ」
キギフィがのんきな声を出した。ちなみにこいつが今日家にいなかったのは、昨夜から一晩、灯台でひとり、月明かりを友に飲み明かすとかいうことだったからだ。風流だが結局呑んだくれじゃねえか。仕事しろよ灯台守。
「こんにちわ。良い天気ね」
礼儀正しい釣り人である。しかし、吸血鬼に対して良い天気とはいかに? まあ、私の体質もそれだけこの町の連中に知れわたっとるっちゅうことで。
……うん。そういう連中を、守らなきゃな。
私は穏やかに声をかける。
「よう暇人ども。無益な時間をすごしとるか?」
するとふたり、すっげえ嫌な顔をして私をみた。私がなにをした……事実じゃないか……。
まあいいや。高貴で偉大なる大人の志は小娘どもには理解されんのだ。
「じゃ」
「あれ? もういっちゃうの?」
「出し抜けの暴言はともかくとして、お急ぎになることもないでしょう?」
「ちょっとやることがあってね。……対岸の山で起こるこたぁ、気にすんな。すぐ終わるし、跡も何も残さんから」
私は箒を時空のなかから取り出し、乗る。イーシィ湖の対岸は、フィヨルドを形成する、鬱蒼と茂りに茂った山脈である。
「なんかは知らんけど……」
キギフィが言葉を探している。そして、ぽつりといった。
「ありがと、ね」
そのほほえみだけで、私は戦えるのさ、少女よ。




