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(2)

 「……大丈夫ですか、セリゼちゃん?」

 朝食のとき、フレアが唐突に言った。

 「ん?」

 私はつとめて平静を保つ。まったく、天才は察しがいいな……。

 「なにを思ってそういうのかい?」

 私はおどけて返す。

 「かすかに殺気が消えてなかったからね」

 ああ、月読にも悟られていたか。

 「なに、心配ないさ。夢見が悪かっただけ」

 私はそういって、ごはんを食べる。麦飯というのはなかなかいける……。おかかと茗荷を醤油であえたものをつまみ、たくあんをいただく。私たちは本当にトーラ共和国の文化圏にあるのだろうか。この和食よ。あ、味噌汁うめえ。

 ……にしても、殺気だの悪意だのを、朝食の場で隠せないっつーのは、私も修行が足りないな。ごめん。

 「まー、メシくえばどうにかなるさ。あ、二人とも、今日私、やることあっから、一日外出ずっぱり」

 「いよいよニートを卒業するのですね……」

 「感慨深いね」

 「をいてめえら、私をなんだと思ってやがる」

 「え、ニート貴族じゃなかったの?」

 月読がナメたことを抜かしている。

 「よっしゃショタ男の娘、今日こそ決着つけてやら」

 「やめてくださいね、おふたりが本気でやったら、このイーシィ湖流域は、焦土と化すんですから。すなわち、イーシィさんも敵に回しますよ?」

 イーシィというのは、この湖の守護精霊にして、水神ウンディーネの第二子、はっきりいって、超アッパークラスの存在なのである。

 彼女がこの「隠れ里」を作った。その理由は、ほとんどの人間は知らない。私は知っとるけど。

 それは――彼女自身が、自分が自分であるっちゅうことに疲れきったこと。エレメンタルのアッパークラス管理、神的存在がこの世で行うこと……この世の生傷を見続けること。見続ける、否、彼女は神。見ることは、すなわち自分の身を傷つけられ、レイプされ、殺されかける日々。とても観念的に。

 人間にはその「精霊感覚」はわかるまい。葉っぱひとつちぎっただけで「血に塗れた手」を想起する精神状態を。

 彼女は……イーシィは、有能だった。ウンディーネが「秘蔵っ子」とまで呼んだ存在。次期「水神女帝」の座は、生まれて20年でほぼ確定のものとなっていた。(人間の年数感覚と神的存在のそれとは相当異なっていることを示しておきたい。その速度、秒に等しい)

 欲があればこの世のすべてを得ることができた。人間を構成する水分のことを考えてみたまえ、星が保有する水分を考えてみたまえ、水、そこから生まれる命の数々を……。

 そんなイーシィは、疲れてしまった。病んでしまった。自分が、自分として、世界に支払うべき代価を。

 だから彼女は逃げた。逃げて、逃げて、潜んで、潜んで、この北欧の地にたどりついた。

 ――幸か不幸か。彼女のようなものは、種族年齢性別問わず、この世に、いつも一定数いた。ただ生きるだけで、自分の人生が地獄になってしまう、救いようのない連中が。

 だからイーシィは、みんなで生きていこう、と、思って、この、町、を……

 ……ああ、なんかいろいろなこと思いだしちゃったな。ともかくも、この「ほうき星町」の守り神、イーシィは、そのような存在で、この町もまた、そのような町なのだ。

 「敵に、ね」私は自嘲する。「アレが私とガチにやりあったらどうなんのかね?」

 「背信とはこのことでしょうか」月読がつっこんでくる。

 「日頃お世話になっといてなにを」フレアもまた。

 「思考ゲームさ」私はそれをさらりと流す。「そうさな……魔術ドーピングを完全解放、で、『鍵』をあけて、完全解放」

 「まあ考えるのは興味がないわけでもないです。しかし、セリゼちゃんのそれ……日頃は血がまったく飲めないにも関わらず、有事の際に死を覚悟で飲むと、異常過剰暴虐理不尽なほどの莫大な力がでる、というのは、いったいなんなのでしょう?」

 いいたいこといってくれるなおい。

 「僕は思うのですけど」月読がいう。「カウンターバランス、という概念は、大家さんには釈迦に説法ですよね」

 「ええ」

 「森羅万象、万物は、なんらかのカウンターバランスをとっている、というのが八卦の考えです。水は火を御し、火は金を鍛え、みたいな。ならば、死に漸近したならば、そこになんらかのエネルギーの高まりが生まれる……というのは、理屈が通ってはいないでしょうか?」

 「おもしろい考えですね。それでは、老衰して死んでいくひとは、どこかでエネルギーがあると?」

 「肉体的にはありません。が、芸術家の一群をみてください。死を覚悟した詩人が、あまりに清冽な詩文を、画家が狂気の絶筆を、音楽家がレクイエムを作る、というのは、よくみられるものです。ただセリゼの場合は、それが肉体の完全解放になる、という」

 ふむ……私も私でいろいろこの体質について考えたが、理にかなっている。

 「ところで月読さん、その理論、何かがにているように思えるのですが、気のせいでしょうか?」

 「ええ、疲れマラから発想を得ました」

 「「あはははははははははははは」」

 よし、こいつら殺そう。

 

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 ご飯を食べて、月読にはチョークスリーパーをかけた。フレアには電気あんまをかけようと思ったが、

 「家賃上げますよ」

 といわれたので、しぶしぶ退散した。家賃には……家賃には……かなわない……っ! 月読はそれを見て、すごい陰影に富んだ微妙な顔をしていた。

 こういうときキギフィがいたら……いや、あの小娘は、この期に乗じて、漁夫の利をもくろむタイプ。すっげえセコい手を平気で使うのだ。私のような貴族を見習ってほしい。さすが私、貴族である。

 家を出る。字がにてるけど家出ではない。私は排斥されたわけではない。私の立場はそこまで弱くないはずだ……はずだ……

 自信なくなってきた。

 空は晴れてはいるが、あまり温度というものを感じさせない。見ようによっては、薄冷たい青色に見える。いかにも北欧である。この土地は空まで冷たいか。

 ……冷たいときには、魔獣のトラブルや、魔法関連のトラブルが多い。あんまりポカポカしているときよりは。

 意識が高まるからか、大気のエレメントの活動が抑えめになるからか、果てさて、まことしやかに囁かれる「地獄の大門があくから寒いのだ」説か。

 なんでもいいや。なんでも。いまこの身に、なんとはなしに感じている怖気よりは。

 だから私は、今日は町に出る。月読、フレア、キギフィにやっかいが及ぶというよりは――まああいつらだったら、そんじょそこらは返り討ちなんだから。そこは心配してない。

 むしろ――この寒気をなんかで埋めたい。

 

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