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大家さんの準備が終わり、彼女はコントローラー……おっと、「プロポ」というのでしたか。彼女に説教されたことを思いだします。四角い箱に、ひゅんひゅんとアンテナが揺れています。
「離陸ですか」
僕は声をかけます。
「雛鳥が空に飛び立つのですよ」
詩的ですね。
エンジン音を響かせ、草原を二輪の車輪でもって駆けていく模型飛行機。鋭角さよりも、どことなく懐かしさを思わせるデザインです。だいたい五十年前には、ああいった機体が世界中にあったように思えますが、これも年寄りの繰り言ですね。
どうも大家さんは、この手の「古典的なテクノロジー」というのが好きなようです。本人はいたって時代の最先端の技術を生業としているわりには。
そんなことを以前問うてみたら、
「反動でしょうか?」
なんて、自分で不思議がっていましたっけ。
「まあ、基本は大切ですよ。月読さんも、五行八卦に常に立ち返らなくてはならないように。釈迦に説法、仙人に易、とはこれいかに、でしょうか」
だいたいすらすらそういう言い回しが出てくるというのが大家さんです。
ふわり、と、飛行機――雛鳥――が飛び立ちます。
かといって、大家さんははしゃいだりしません。むしろいや増して真剣です。しかし、笑顔です。きりっとした笑顔、その輝き、まさに時を越えます。
なるほど、鋭敏な知性と、感受性と、理論と、実験欲。
そのように、ただ「ものづくり」に自分を傾けるその姿、ひとはマッドサイエンティストといいますが、その実、確かに清らかな生き方であるように思えます。修道院の僧のように。
飛行機はエンジン音を響かせながら、空中を、自由の権化のように、鮮やかに。空は透明で、その生きざまは、およそ地上であれこれしている凡俗よりもすがすがしい、というのは言い過ぎですね。
「どうも月読は、あまりにマイペースすぎだから、結果として高踏的な見方になりがちである」
と以前セリゼにいわれましたが、君ひとのこといえる? と問いたくなりましたね。あの吸血鬼、ほんと自分のこと棚に上げることが得意ですから。
「あるいは、そこんとこフレアとにてるかもね。物腰穏やかで、無自覚に、なんちゅうか、自由人」
君ひとのこといえる? と問いたくなりますが、まあそうなのでしょう。
この町にきてずいぶんになりますし、この家で暮らすようになってずいぶんになりますが、大家さんというひとが、ぜんぜんの他人に思えないのは、そういったこともあるでしょう。
だいたい三百歳くらい年離れてるんですけどね。
そういったことをいえば、僕がセリゼとキギフィさんに対して思ったことが、ここでもいえるのでしょうか。
なんとなく、おかしいような、いとおしいような。
ほとんどおじいちゃんの感慨ですね……。
それはともかく、大家さんは実に真剣です。こんなに「遊び」に真剣になる四十代、それも女性というのは、少ないでしょう。
大家さんは、かつて、一般的な女性――まあだいたい鮮魚主婦のようなひとたちに、苦言を呈したことがあります。
「なんでもっと自由に生きようとしないのでしょう」
あの飛行機、永遠なる雛鳥、それが大家さんのメタファーであるように、そのようなひとからしてみたら、凡俗――あえてこの言葉を再度使いましょう――の「女」な生き方は、不可解極まることなのでしょう。
フェミニズムがどうとか、ジェンダーがどうとか、いや、この場では、そういった論議はやめましょう。
あの大空をみましょう。自由に羽ばたく飛行機を。
そしてその中に生きる天才を。あるいは未だに幼き少女を。
事実、大家さんは、楽しそうにしているのですから。
ひょうひょうとしていますが、今のテンションが相当いい感じなのは、そばにいれば、伝わってきます。まるで緩やかなそよ風を身にまとっているような、そんな感じが。




