(6)世界
神話の時代は終わった――それは嘘。
名前を変えた神は、存在意義をより明確化した神は、
賢しい人間――知性極限まで研ぎ澄ませし人間の、欲望に根差した、狂ったプランを採択しようとしていた。
人間が欲するところは明確だ。より多くのエネルギーを、多くの力を。ひとの発展のために。それは罪ではない、それは罪を積み重ねることではない、そのために雇用は生まれ、そのために人権は生まれ、つまるところ平和が生まれる。
人間は神を畏敬するところから、畏れつつも利用する方向へと舵を切った。
そして、神はそれを知ってか知らずか、ともかくも己たちの力を、暴力的に発揮せんことになった。
それは自然の暴走。
それは惑星の破滅への第一歩。
スーパー・アーシー・エコイズム(エゴイズムと軌は同一である)のもとに、正しき理念と欲望のもとに、レッズ・エララは少しずつ狂いつつあった。
もっとも、その成果が現れるのは、その萌芽が出るのは、五百年を有してやっと現れるものである。
フレアはそれに勘づいていた。だが彼女自身も知っていた。この方向以外に、「より正しき道」などないことを。
ひとは「どちらか」しか選べない――もっともそれは凡夫の意見である。天才はさらなるオルタナな道を模索する……ただ、それは誰も目を止めない。それだけだ。
それだけ。
しかしフレアの無言の呻きは、そこに存していた。男ふたりは知らない。それが、フレアとう天才の根本にあるものだと。
だがフレアは人間を見捨てなかった。神の子、聖霊の子、つまるところの天才は、やはり人間が好きだったのだ――それは、確かに人間の救いだったろう。
ああ、ああ、それでも、ひとは天才を理解しないのだ。狂人の強靭な理論と恐れ、嘲笑するのだ。
かくして、神話の時代が再びはじまる。
散文的な日常を脱却し、神と人が殺し合う時代。
血塗られた時代の名は、再び起動する――歯車のように。
それを知りつつあるひとたち――というより、その災厄の悲劇を身に受けたひとは、確かに逃げた。だからほうき星町に来た。ゆえに――皮肉なことだ。このような僻地こそが、最も『血塗られた時代」の最先端……最先端のエアポケットだということよ。




