(5)表、裏
電話が鳴りました。私は気分がいいので、他の皆さんの手を煩わせないように、率先してとります。身体に内蔵されている無線でもって、電話にリンク、その場をてきぱきと片づけながら、電話主の反応を待ちます。
「ああ……はい、副局長さん。お疲れさまです。……え? この家、ハッキングされている?」
「――っ!」
「まさか!」
星の裏側では、モニタを見つめる男ふたりが、発言内容に戦慄していた。
「え? 冗談? 怖いこと言わないでくださいよ。副局長さんらしくない。……はあ、たまには冗談でも言う、と。ええ、それはわかってますが、副局長さんのユーモアは難解で……まあそれは仰る通り、ハッキングされてたら、それは分かりますけどね。私の職業ですから。で……ああ、はい。例のカレー大会の話ですね。ええ、投入するのは、牛肉とニンジンで。いいの用意してますよ。パワフルな肉と、魅力的なニンジン。ブイヨンはずいぶん前から用意してあります。肉とニンジンの味を際立たせるために、ね。はい。やるときは一気呵成にやりますから……大会という名前はどうかって? 私もパーティという名前を使いたいところですが、この家には呆れるくらい食べっぷりのいい吸血鬼さんがいるもので」
人生で一番冷や汗をかいた二人だった。
「はぁ……はぁ……単なる冗談か……」
「あんた焦りすぎだぜ……はぁ……」
「お前に言われたくないな。しかし、本当に、怪しまれてはないのだろうな」
「その後の話がカレーだぜ?」
「それもそうか。落差に一気に力が抜けてしまった。だがこれは、見方を変えれば、我々の手法の確実さを裏付けることでもある」
副局長さん……実質的なこの町の一番えらいひと。私を含め、この町で住んでいるひとで、およそ彼女の世話になっていないひとはいません。それくらい、実務的に出来るひとで、本当にこの町のことを考えているひとです。
私が隠れていられるのも、理由の一端は彼女のおかげですね。そこは全面的、と仰るかもしれませんが、私は理系なもので。パーセンテージは確実にしておきたいのです。
私は工作室の片づけをします。空気を入れ替え(最終調整でした。塗装の匂いが若干残っているので。工作マニアにとってはいいにおいなのですが)、朝の新鮮な空気をしっかり吸い込みます。
それから机の片づけです。特殊鋼鉄で作られたその机は剛性が高く、そこらの力では変形させることは不可能でしょう。……もっとも、セリゼちゃんなら、やってしまうんでしょうが。あの怪力なら。
最終調整だったので、「大物」の工作器具……ボール盤や旋盤、フライス盤や両頭グラインダーといったものは使いませんでした。これらは日頃から手入れを怠っていないので大丈夫です。
とはいっても、何かやっているうちに散らかっていくのが工作室です。私の場合、片付いていた方が、ものを取り回しやすいので、こまめに片付けますが、普通の工作室は、もっともっと混沌としています。そして私はそういう工作室が結構好きだったりします。カオスからものは作られていくのは道理ですから。ただ私は、私なりの方法があるというだけで。
幸いなことにゴミは区分けする必要がありません。全部「決戦兵器第四号・ゾンビドラゴン」に食べさせます。そうすればあの機体が所有する、永久材料循環機関によって、あの機体のマテリアルに変化します。
「私も便利なものを作ったものですね……」
ひとりごちます。自惚れていますが、確かに便利なのですから。工作を趣味とする御仁におかれては、ゴミ処理はまさに喫緊たる問題です(そこまで言う)。死活問題なのです(そこまでいう)。
区分け、区分け、掃除機、区分け、棚に入れて、工作箱に戻して……
その間、出来あがった機体は、安置したままです。傷一つつけるわけにはいきません。
当然です。
ドックで傷がつくようなのは、飛行機の恥です。空と言う戦場において、存分に傷つくことこそ、ヒコーキの誉れです。理系はロマンチシズムを介さない、と言われますが、こういう類のロマンチシズムは大いに解すると思うのですがいかがでしょう。
誇りこそ、研究者の、趣味人の誉れです。寄って立つべきものです。
さて。
「一息つきましょうか……」
私は居間へと向かいます。ドアを開けます。すると、廊下に居ながらにして、朝っぱらから居間でぎゃーぎゃーわーわー叫ぶ声が聞こえます。どうしたのでしょう。セリゼちゃんとキギフィさんの声です。
「「神討ち」が、そんなにエライってのかー! セリゼー! 強いってのかー! 人間なめんなー!」
「強いからこそその称号なんだろが酔ってんのかこの小娘。それから、あんたのようなもとGMP3所属の戦士なんざ、人間じゃねーよ!」
「なにをーっ! さーべーつ! さーべーつ! きゃーべーつ!」
「お前やっぱ酔ってんだろ、何故にキャベツ」
「「ぶ――――っ!!!!」」
大陸を、惑星の地殻マントルを挟んで、裏っかわ。遠き遠き国の隠れたところ、特殊工作部隊の秘密基地の、さらに奥まったところ。日も差さぬ、ディスプレイの光だけが煌々と照らす暗い部屋。
盛大に、男二人が吹いていた。
「神討ち? しかもセリゼ・ユーイルトット……「血が吸えない世界最強 (ノーブル・レッド)」「力の権化」「アブソリュート・ブルータス」!あの化物がここに? しかも何だ、今、人間の中で最も聞いてはならん団体が聞こえたぞ、GMP3?「世界最強の特殊部隊」「機械仕掛け兵団 (キリングマシーン)」「鬼武者ども」!」
「おちつけオッサン」
「そんな化物二匹を飼ってるのかあの娘は! 落ち着いていられるか! 来歴くらいは頭に入っているだろう、国一個余裕で絶滅せしめるのだぞあいつらは……」
「……だからこそ、だ。これがバレたら、俺らは、組織ごと、国ごと終わりだ。が……成功したら……あんたのレトリックだろが」
「……そうだったな。すまん。慌てた」
「いや、俺は奴らの暴虐をナマで見てたことはないからな。所詮それがギークなプログラマの限界だ。だからこそ、俺はこういう口を叩いてられる……あんたは、その暴虐を、猛威を、知ってるんだよな」
「この稼業をしてきて、確かに私は、どちらかというと、情報収集業だ。だが、それは鉄火場にいなかったというわけではない。そこすれすれで仕事をしてきた。……つまり、奴らの手にかかってきた仲間の惨めな姿も見てきたわけだ」
「恨んでるか?」
「いや」
「弱いやつが悪いってか?」
「違う。奴らは、自然災害に近い。善もなく、悪もない。ただ暴力を、単純な意志のもとに撒き散らす。それだけだ。それだけゆえに……恐ろしい」




