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(4)世界

あえてノーコメント

 神話の時代は終わった――


 神は己を神隠しせざるを得なくなった。世界からその姿を消した。


  よって、この極めて現代的な、非神話的な時代の幕開け、と……


 それは嘘。 


 神々は「エネルギー」と、その名称を変え、以前と変わらずそこにおまし。本質を見抜いたと称する愚かな凡夫は神を掌握したと錯覚すも、依然としてその猛威にかしずく構造は変わらぬ。


 山火事の理論がわかったところで、判断を誤れば、結局山は燃えるのである。

 原子力(略)

 津波(時代ゆえ略)


 そうであろう?


 それは我々が思考停止しているのではない。むしろ思考停止しているのは「やはり勝てぬのだ」と全面降伏を決め込んでいる人間だ――フレアら、科学者ならばそう言うだろう。


 さんざん「錯覚」と笑った人間の営為であるが、ここまで辿りつくのに、ざっと数千年かかった。彼らが神から、完璧に脱却するには、あとやはり数千年かかるのだろうか。


 そも、神なき人間は、人間足り得るのか、という実存哲学はここでは問題にしない。


 わたしは神について語る。


 レッズ・エララにおいて、神とは「エネルギーソース」であり、「エレメントの大極」である。万物はここから生まれ出て、ここに還る。その循環を、一手に担う。


 が、唯一神ではなく、むしろ日本式「八百万の神」に近く、つまりは多神構造。各パワーソース……火、水、雷、云々。各概念……時、運命、云々。


 あらゆる事象、森羅万象は、神がその存在を握っている。


 では。


 果たして神は完全無欠なのだろうか。明らかに狂ったとしか見なされない場合、やはり我々はその猛威に服従せざるを得ないのだろうか。


 神に我らは勝てないのだろうか。


 ――レッズ・エララでは、そうではなかった。


 神を殺す者が、理由はともかく、いつも一定数いた。いてしまった。


 それを、「神討ち」と呼ぶ。

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