(3)【裏】
はい、表・裏とはこういう意味です。
――同時刻、トーラ共和国大陸の「裏側」。
「……まさか模型なんぞ作っているとはな」
「資料に書いてあったろう」
二人の男が、暗い、暗い部屋にて、ディスプレイを睨みながら語り合っている。
その人の実際に動いている姿を逐一観察するのが「盗撮」であるならば、彼らは盗撮をしていない。が、その人の『行動』をなんらかの手段によって盗み見ているならば、それはやはり盗撮だろう。素直にストーカーといえばいいものを。
「なんとも、子供っぽい話だ。世紀の大天才ともあろうものが」
「いや、俺はこういう姿こそが天才っぽく見えるね」
「……ふん、そうか。まあそこに関しては議論せんよ。ともかく、これはお手柄だ。「あの」龍教授の生態を知れるのだからな」
「生態とは、またいったものだ」
「……私からしてみたら、あのような化け物は、生き方のレベルを通り越して化け物だ。龍教授のバイオ、見ただろう? いや、そうでなくとも、多少なりとも知的営為に関わっている者、そして、プログラミングに関わっている者にとっては、あれは正真正銘のWitherdだ」
「どっちの意味で?」
「原語、ハッカー用語、どっちの意味でもだ。あの少女が作り出したものを見てみろ。六歳で上梓した、ロボット機構内マイコンにおける、電気伝達プログラムを駆動させるにおいての、雷撃魔法と『緑』系魔法のハイブリッド手法の援用……これだけで博士号もんだ。が、あの少女はそのレベルの論文を年数回レベルで毎年あげてきたんだぞ?」
「ああ、それは化け物だ……まあ俺もニュースで知ってはいたが、リアルタイムで、現場を知りながらだもんな、あんたは」
「私の世代にとって、龍・K・フレアの名は、重石のようなものだ」
「重石?」
「あらゆる『天才』の定義が、彼女の存在によって決まったようなものだ。思考のスピード、発想力、実行力、工作力、決断力、恐るべきは『間違っていると判断したらコンマ0.1秒で撤退する能力』を、キャリアを積んでいながらも忘れないことだ」
「それ、そんなに……いや、失敬、それは恐るべきことだ」
「ああ、それが容易に出来ないのが、「大人」ってやつだからな」
「じゃあ俺が言った、『模型似合ってる』の言葉も、そうそう穿ちすぎじゃあるまい?」
「……まあ、そういう見地から見たら、な。もっとも私としては、たかが模型にこれほどかかずらうくらいなら……という思いもある。彼女のキャリアは、工学全般に及ぶが、理論構築、実地での制作、どちらも天才だからだ。彼女のスキルは、基本的に『作り、考え、作る』の連鎖にあるようだ。どこまでもエンジニアということか。だがそれが、結果的に理論の強度を増す。お前もクラッカーならわかるだろう、博士のプログラムが、凡夫の手によっても扱いやすいことを」
「あんた、それ、聞き方によっては侮蔑だぜ?」
「お前のその物言いも嘲笑だ」
二人、意地の悪い理系的笑みを浮かべる。
なんとまあ、人を認めるにおいても、ことごとく理屈っぽい連中、と思われたことだと思うが、それもまた理系のひとつの要因ということで。第一そういった思考回路の連中は、感情よりも成果を重視するからして。
「魔法科学産業革命――この百年の、最大の革命だな。共産主義よりも、資本主義よりも、あるいは甚大な」
より偉そうな方の年配の男が言う。
「それのかじ取り役が、あの少女だっていうんだから、なんだかなぁ、世のチートぶりよ、って感じで」
「もう少女という年代でもあるまい」
「だけど……」
もうひとりの、不敵そうな若い方の男が言う。こう続ける。
「だけど、な。この『神経症的風見鶏』のデータを見てみろよ。数値がはじき出しているんだ、相手の生命力、相手の背格好、そりゃどんな色の服着てるか、みたいなとこまではわからねえ。『神経症的に風が伝播する情報を手繰り寄せる』このプログラムでは」
「お前な」
年配の男が言う。声は低い。
「この星の裏側の、隠れ里の情報だぞ? それを、あの博士に見つからないようにハッキングしてるんだぞ? それ以上の何を求めるというのだ? それだけで天才の所業ではないか」
「天才……天才、ね」
余計に皮肉っぽい笑みを浮かべて彼は言う。
「じゃ俺がこの工作室を漁っていて、驚愕に次ぐ驚愕を得ているのはわかるな? なんでこんな片田舎に完全な人工生命構築・維持ポッドがあんだよ。工作器具も、異常なもの使ってるし、異常なまでに使いこまれてる。そんで……あんたは笑った模型だけど、エンジニアとしての俺から見たら、芸術だよ。完璧すぎる、な。俺は、天才ったって、何らかの「ブレ」があるもんだって思ってた。完璧なんてこの世にないってな。だから、「天才・龍教授」の通念も、あんたらのそれとは違っている……つもりだった。だけど、実際見たらどうだ」
「珍しい。お前がこのようによくしゃべるなど」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。この部屋にあるものは全部異常なんだよ。工作精度の面から見ても、発想の面からみても。この部屋にはいくつかの兵器がある。同じくらいのおもちゃがある。それら全部、あのロリにとっては、同じジャンルなんだってこと……言い返れば……」
「世界最高の鍛冶職人とでも言う気か?」
「ちょい違う。……なんと言ったらいいかわかんねえ。ただ、あんなおもちゃ感覚、スナック感覚で、超ピーキーな武器を作る。それは、うちらの兵装科にとっては、面目まるつぶれだよな、って思ってな。……なんなんだよ、この兵器工場は。ここは穏やかな「隠れ里」じゃねえのかって話」
「……作りたいから、だろうな」
「武器をか? 兵器をか?」
「それ以外、あの博士の行動基準はないだろう。あれは天才なのだ。それが人道にかなってなかろうとあるまいと、作りたいから作る。人道のためになっても、それは結果論にすぎない」
「……はぁ、天才、ね。俺も、俺も……確かに天才と呼ばれたことはあったさ。今さっきあんたが言ったようにな。コンピュータの。けれど、エンジニアの粋という意味において、俺はものづくりを知っている。あんたもそうだ。その直感が告げている。これにはかなわない、と」
「だが敵う敵わないは別として、我々は、見事出し抜いたわけだ……」
「まあ、な。それはうぬぼれてもいいかもしれない。一矢報いるとか、そういうこたぁ考えちゃいないが、悪くはない気持ちだ」
「正直なところをいったらどうだ」
「……調子にのりたいのはやまやまさ。けど、いつ相手が気づくかわからない」
「ここまで漸近しておきながらか?」
「俺だって安全側だと思いたい。だが、このミッションに失敗したら最後なのは、あんたが言ってきたことじゃないか」
「最後、そうだな、私とお前は、それなりに勧告処分となるだろう。だが命までは大丈夫だ……我々は組織なのだから。そして後ろ盾は、国だ」
「やれやれ、俺たちはそれなりに国家公務員だってーか」
「特殊工作員は、れっきとした『国家の狗』だ。甘んじるもよし、誇るもよし……使いまわすもよし、権限に守られるもよし。従順たるポーズは必要だが、成果さえ挙げれば結果オーライ、でもある」
「悪党め」
「まあプランを建てたのは私だ」憮然とした面持ちで男はいう。「だがプログラムを組んだのは……神々の干渉区域にまで接する悪魔のプログラムを組んだのは、お前だ。それも楽しそうに、命を削って、な」
「へへ」
「……どの道、我々と龍教授は、同じ穴のムジナにすぎない。『ものづくりの狂気』『知的営為の狂気』にさいなまれた、な。だからこそ、我々は彼女の思考パターンがある程度わかる。そして、彼女の『守り方』と、『隠れ方』が」
「……全世界の風と水を媒介に、その中に一本の擬似神経回路を通し、龍教授の居所を探る、か。龍教授の生体データ、メカニズムの出す周波数、それを探ってはじき出せ、ときたもんだ。いくらもととなるデータがあったって、砂漠の中から髪の毛使って砂金一粒探し出せってもんだ。はじめて聞いたとき、このおっさん何狂ったこといってんじゃねえかって思ったよ」
「無理な注文だというのは理解していた」男は言う。「だがそれくらい徹底して「己を消し」「自然と同化し」、そして観察、盗撮する。そうでなければ、あの天才の防御フィールドには……」
「まあ、な」若い方の男が言う。目はモニタの数列から話さない。「どこにいるかわからない。論文の配達元は、よりにもよって武装配達人だ。あれらはVIPの居所を、死んでも教えないまま運びとおすシステムだ。そっち方面から洗っていくと、返り討ちは避けられない。……じゃ、ということで、あんた、ストーカー世界一な手法使ったな。論文の中の空気、糊付けされた開け口の糊の水、それをイオンレベルで解析し、どこのか、って洗う。……はあ、たかが天才ひとりの居所突き出すのに、ここまでするかね」
「だがもしその研究業績、ならびに、『これからすることのビジョン』『手法の数々』を我々が握ったら。それを『我々独自に発達させ世界に出したら』。あの博士の業績はな、まだ人類が到達していないレベルにまでいっている。十年前の論文の話だ。私はあれをはじめてみたとき、論理性の異常さと、発想の狂気に怖気がいったよ。……あれは人間じゃない。化け物だ」
「あんた、博士に嫉妬してると思ってた」若い不遜なプログラマは言う。「違った。あんたは、恐れてるんだ。理解できない化け物として」
「その恐れは私だけじゃあるまいよ」
だいたいこの表と裏が交互にいきます。そんな話です。もうフラグみえてますが




