(10)
「それで月読はどれだけの国を廻ってきたわけ?」
「七割ですかね、国連によって『国』と指定されているところは。エルフ界や幻獣界にも何度か足を踏み入れましたけど、『限界』までは行ってない」
「それでも凄いなぁ……凡人じゃ頭おかしくなるレベルじゃんか」
キギフィはこの来客に対して好奇心旺盛のようであった。いつの間にか「さん」付けがなくなっている。矢継ぎ早に質問を投げかける。月読はそれに答える。
しかしそれにしてもこの美少女は良く呑む。瓶が次々に空いていく。けれどへべれけになることなく、酒を楽しむことを心得た呑み方だ。話はよく回り、楽しい方向へと持っていこうとする。いい呑み方だな、と、月読はキギフィに好感を抱くのであった。
「でもエルフ界や幻獣界って、まだこの星が丸いってこと知らないんでしょ?」
キギフィが問う。
「よく言われてるけど」
「少々古い認識かもですね」
月読は見聞きしてきたことを、誇張することなく自然に話す。その何の飾り気のなさが、とても説得力を持つ。
「若い世代では日常的に魔法コンピューターを駆使するような世界になりつつありますよ」
「へぇ……時代の趨勢ってやつだね」
「もっとも、奥地であったり、『古株』の人達はそういったのに馴染めないようです。そのあたり、これからの博士たちの課題では? より様々な種族に馴染む形でのインターフェイスの開発」段々と月読の話し方も砕けてくる。確かに丁寧語であるのは変わらないが、少しずつ。
「というよりもっと深いところで……古参の方々に興味を持ってもらえる、訴えかける形での『工業デザイン』をしなければなりませんね。結局、必要がない、大したものではない、と認識されてのことでしょうし。あと、博士、っていうの、もういいですよ。堅苦しいですし」
「そうですね、フレアさん……いや」月読は考え直して、先ほどウケたあれを持ち出してみる。「『大家さん』で」
「あはははは」
ころころとフレアも笑う。義体でもアルコールは回るのだろうか? 生体箇所は残っていると言っていたが――いや、それよりも、場の雰囲気が楽しくてのことだろう。
「すっごい形式ばった言い方ですね! いいですね。そうやってきちんとしてくれるのは月読さんだけですよ」
「わ、私だってちゃんとしてるぞー!」セリゼが弁解する。「家賃とか!」
「「「それは当然でしょう」」」
一同から総ツッコミを喰らう。
「ぐっ……」
「そういえば、セリゼって何してるんです? 仕事的な意味合いで」
「基本的には、これといって何も」
「ニートですか」
「あ、さっき私仕事しろって言われたけど、セリゼに言われる筋合いないじゃん! 今思い出した!」
「あんたらも知ってるでしょうが! 私は貴族だから金に困ることなんてないの! 貴族の仕事はひとつ!」セリゼは言い放つ。「優雅に生活すること!」
「前近代的な」月読が言う。
「近代市民社会に反していますね」フレアが言う。
「仕事しろ」キギフィが言う。
とにかく総ツッコミである。
「こいつら……どうしてくれよう」苦々しい口調でセリゼは呟く。
「まあ、とは言っても、セリゼちゃんが何もしてないってわけでもないんですけどね」フレアが補足する。
「でしょう。セリゼは旅先でも、数々のトラブルバスターをしてましたから。惑う者、弱き者を救う、この高貴な義務こそ貴族の勤め、とか言って」
「は、恥ずかしいこと暴露すんな!」
真っ赤になるセリゼであった。酒とは特に関係なく。
「そういうのをこの町でもしてるんですよ。たまにどこかから素行の悪い人や魔物が来たら、殴って追い返したり、魔法関連の仕事を請け負ったり」
「平たく言えば、用心棒、兼、胡散臭い魔女、と」
「そうなんです」
「嬉しそうに言うなー!」
そのやりとりを見て、キギフィは笑っていた。フレアも笑っていた。セリゼは、弄られながらも、それでも楽しそうだ。
月読は、乾いた旅の果てに、このように安らげる場所に辿りつけたことに、小さな、けれど確かな満足を得ていた。
食事も酒ももちろん美味しかった。けれどこの幸福もまた。
「一日目」は、これで終わります。
次の更新(二日め)は、月読がセリゼにつれられて、ほうき星町の案内をしてもらう話です。




