(8)
「そういえば、キギフィは?」セリゼがフレアに問う。
「お酒買いに行きましたよ」
「げ、また?」
「今回は月読さんがいらっしゃる、ということですからね。歓迎の意味合いの酒宴でしょう」
「自分が呑みたいだけなんじゃないの?」
「ノーコメント」
「えっと……」
聞きなれない名前が出たので月読は聞くことにする。
「キギフィって誰?」
「あれ? セリゼちゃん、キギフィさんのこと言ってなかったんですか?」
「驚かせようと思って、黙ってた」
「あー、なるほど」
「え? どういうこと?」何を隠しているというのだろう。
「あのですね、実はもうひとりこの家には居候さんがいるんですよ」フレアが言う。
「居候……」
いちいちその言葉に反応するセリゼ・ユーイルトット侯爵。
「で、いろんな意味で結構珍しい人なので……反応を見てみたい、っていうセリゼちゃんの思惑は分かる気がします」
「でしょ?」
「そんなに凄い人なの?」
「いいや、ただの呑んだくれ」キッパリと言い放つセリゼであった。
「ご冗談、何かの達人だったりするんでしょ?」
「まあ確かにそうなんだけど……それと同時に……」
「同時に?」
もっと聞こうと思ったとき、玄関が開く音がした。
「ただいまー」
のんびりした口調であるが、鈴が鳴るようなきらびやかさがある声だった。
「あ、当人が帰ってきた。どうしよう、ドラムロール用意しようか?」
「いやいやいや」
一体何が何だか、と思う月読であった。
「やー買いこんだ買いこんだ」
そう言いながら居間のドアが開かれた。
そして現れた少女を見たとき、月読は、二人の思惑通り、きっちりと、しっかりと、びっくりすることになったのであった。
何がそんなにびっくりしたか。
有体に言えば、百年にひとりレベルの美少女だったからである。あるいは、「美少女」の絶対的基準になるとも言えよう。
緩やかにウェーブする金髪は、毛並みが細く、陽光を自然に吸収しては輝く。
磨き抜かれた彫刻を思わせる顔つきは、それでいて書家の一筆書きのように自然な流れをもって整えられる。
ぱっちりと大きな両の碧眼には尽きることのない輝きが宿っている。
すっと立った鼻は骨格からして凡人とは違い、小さく可憐に乗っかった唇の愛らしさといったらない。
肌はもちろん人間のそれで、セリゼのような吸血鬼の青白さほどないが、やはり白い。シルクを思わせる。
身体つきに一切の無駄がなく、ほっそりとしている。
よくもまあ、これだけの造形が出来たものだ。
キギフィと呼ばれた少女を一目見た月読は素直にそう感心した。
美女・美少女もこれまでの人生で結構見かけてきたし、セリゼにしてもフレアにしても顔立ちが良いことは確かである。が、この少女の場合、様々なごたごたを超越したかのような美しさがそこにあるのである。
反面、格好は完璧なパンク・ルックだというから驚きである。ペイントがされた長袖シャツに、安全ピン。強度のダメージジーンズ。しかしそのような無茶な格好を、完璧に美しく着こなしているのだから大したものである。
「なるほど、ね」
「びっくりしたでしょ?」セリゼは好奇心丸出しの口調で月読に問う。
「うん」
「それにしては反応薄い気がするけど」
「びっくりしたのはほんとだよ。でも、殊更に騒ぎ立てるのも、初対面の人に失礼でしょ?」
「ちぇっ、正論だ」
「でも驚いたなぁ……」
「まあいいか、仙人様から『驚いた』って言質をとれただけでも」
「考えたらそうですね。月読さん、動じませんから」
「あ、この人が月読さん?」
キギフィは酒瓶の入った(一体いくつ入っているのか、と思わせるほど)布袋を床に下ろし、月読とセリゼを見て言う。
「……ほんとにこの人が仙人?」
「貴族は嘘をつかない」
「嘘くさいなぁ」
ころころとキギフィは笑う。それでさえも輝いている。
「でも全然見えないんだけど。そりゃ、魔力が尋常じゃないってことはわかるよ? でも……どう見たって女の子じゃん!」
「百年前からこんなんだから、諦めなさい」
「いーけどね私としちゃ。面白いし、可愛いし」
このような美少女にそう言われると何か歯がむずむずすることもないでもない。
「よろしく。一応キギフィ・シロップ、って名前でこの町の戸籍は取ってあるよ」
「一応?」何やら不穏な言葉が混じっていたような気がする。
「あはは、まあ色々あって、生まれついての本名って、私、ないんだ」さらりととんでもないことを言う美少女。けれどそこに影はなく、あっけらかんとしている。
「……それじゃ、キギフィさん、とお呼びしますが。剣崎月読。東洋系魔術師やってます。よろしく」
「別に敬語じゃなくてもいいのにー!」
「そうだ! 何で私には敬語じゃないんだ!」
「だってセリゼだし」月読。
「だってセリゼだし」キギフィ。
「再び言うがあんたら私を弄って楽しいのかー!」




