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「どうぞ。粗茶ですが」


 「ありがとうございます」


 ほうじ茶である。さすがに月読にとっては懐かしい香りである。


 通された居間は、現代的かつ意外と東洋的な作りであった。


要するに、テーブルとクッションを据えて、床に座る形式である。わりに大きな部屋で、西側に窓がある。穏やかな日差しが部屋を包む。


室内にはその他に、ゆったりと座ることが出来るソファー、焦茶色の棚の中にはティーセットや、花瓶などの調度品。テーブルの向こうにはモニターがあり、その下の棚には各種機械が置かれている。テレビのチューナーなのか、ゲーム機なのか。それともパソコンか。


少なくとも、それらをハンドメイドで簡単に作れてしまうほどフレアの技術力は高い。


 とりあえず出されたお茶を飲んで一息つく。考えたら長旅だったのだ。少

々の疲れも思い出したように出る、なんて月読は思ったりした。


 「ぶーぶー」ソファーに座ったセリゼが文句を垂れるオノマトペ。


 「何なのさ」


 「何ですか、セリゼちゃん」


ほう、「ちゃん」付けとは、と月読は、そこから読み取れる関係性を思って、少々感じいった。


 「何でフレアには敬語なのさ」


 「え、だって……」


何か自然だったから敬語になっていたが、考えてみたら月読とフレアとは二百六十歳もの開きがあるのだ。


……まてよ、と月読は思った。考えてみたら、かつて彼女と会ったときもお互い敬語だったな、と。


 不思議である。


 「そうですよね、月読さん、別に敬語じゃなくても。私がそうするのは当然ですが」


 「フレアは誰に対してもそういう口調だからね」


 「うーん、でも僕もそれを言ったらそうなんだよね。どっちかというと敬語な感じになっちゃうというか」セリゼに対して月読は言う。


 「まあ、私はセリゼちゃんほど月読さんとの長いお付き合いはありませんでしたから」


 「それでもしばらくお世話になることですし」月読は言う。「……下宿先の大家さん的な感じ?」


 それを聞いて、フレアは嬉しそうに笑った。


 「いいですね、それ。というか……あははっ」


 「あれ? ツボに入っちゃいました?」


 「龍教授先生様々よりはよかろうよ」セリゼが皮肉を放つ。「にしても何で私には敬語じゃないのさ」


 「だってセリゼだし」


 「何それ! 私は月読にとってどういう存在なの?」


 「聞きようによっては意味深なセリフですねそれ」フレアがからかう。


 「どういう存在って……もはや腐れ縁?」


 「うわぁ言うに事欠いて……でもなーんか爛れた感じー」


 「まあいやらしい」しれっとフレアは言う。


 「全くいやらしいね。このエロス」


 「だーっ! あんたら私を弄って楽しいのかー!」


 「長い人生、楽しみがなくちゃやってられないよ」


 「そうですそうです」


 「……何? 何でそんなに会って早々打ち解けてるの?」


 「ふふっ、何ででしょう……さすがに伝説の仙人の度量、と言ったところでしょうか」


 さりげなく持ち上げるあたり、そちらもさすがに、と思う月読であった。


 「別に気をつかってもらわなくっていいですよ。ご厄介になるのはこっちの方なんですから」


 「それこそお気になさらず……と繰り返すのはいい加減話が進みませんね。ともかく、ごゆっくりなさっていってください。……で、どのくらいの滞在を考えているのですか?」


 「そうですね……ぶっちゃけあんまり決めてません」


 「月読さんの旅ってそんな感じなんですか? 私としては一向に大丈夫なんですが、どうなんですか? セリゼちゃん?」


 「こいつは根っからの根無し草」セリゼは言う。「気の向くままにあっち行ったりこっち行ったり。……でも、居付く、ってことはないね。だからこそ今回驚いたわけであってさ」


 「世界中を放浪してきたわけですね。終の棲家を見つけて……って感じですか?」


 「それはセリゼの場合ですね」月読は言う。「驚いたのはこちらもです。やっと見つけることが出来たんだ、って思って。……場合が場合ですしね、セリゼのは」


 「そうですね、セリゼちゃんは……」


 「もう終わったことだよ」あえてその話題には触れまい、というセリゼだった。

「今は落ち着いている、それでいいじゃない。月読はね、何て言うか……常に移動してないと気が済まない、って性質(タチ)なんだ。定住『しない』んじゃなくて『出来ない』。放浪癖ってやつ。アディクション(中毒)のようなもの」


 「ひどい言い方だなぁ」


 「でも事実でしょ?」


 「まあ、ね」異論はなかった。

「ただまあ、心境の変化、ってやつです。で、先日セリゼと博士に宛てた手紙に、こっちに来て滞在したい旨を記したわけで……驚いたといえば、セリゼと博士が同居している、っていうのにも驚いたんですけどね。しかも居候」


 「だからそれを言うなー!」どうにも自尊心が挫かれるらしい。


 「どういう経緯でこういう同居生活をしているのか、っていうのと、そもそも博士がこういうところに隠棲している、っていうが不思議で」


 「不思議ですか?」問いかける口調。わざとそう言うようにしているようにも見受けられる。


 「不思議ですね。現代魔法科学の最先端に居る人が。……現役を退いたんですか?」


 「もう歳ですしね」


 「ご冗談。義体に換装しておいて、老いも何もないでしょう」


 「ふふっ」

含み笑い。

「さて、何ででしょうか……案外、月読さんと同じような感じかもしれませんよ? もう何年にもなりますが……ここは前から知っているところだったんですよ。いつかはここでゆっくりするのでしょうか、と思っていましたが、それが少々前倒しになった感じですね」


 「深く詮索はしませんが、ひとつ聞かせてください」


 「何ですか?」


 「学問に飽いたとか、工学にうんざりしたとか、そういうことはないんですよね?」


 「まさか」きっぱりと言い放つ。絶対の自信をもって。

「物作りは、研究は、私の生きがいです。それは、終生変わることはありません」


 「よかった」月読は言う。


 「それはどういう意味ですか? 私の才能が埋もれて朽ちていくのはもったいないと?」


 あるいは不遜に聞こえる物言いかもしれない。けれどそれは確かにどのような見地から見ても惜しいことであるのだ。しかしそれとは別に月読はこう思っていた。


 「楽しみや、生きがいを失ってここに居る、ってのだと忍びないな、って思ったんです」


 それを聞いて、フレアは微笑んだ。そしてひとつ、お互いの間で何かが通じたような気がした。


 「この町はですね」フレアは言う。「最後に辿りつく場所なんです」


 「それ、おんなじようなことをセリゼからも聞きましたけど、どういうことなんですか?」

二人に今一度問う。

「あるいは、僕もそのような場所に辿りつくべくして辿りついた、ってことですか? そのような言い方からすると」


 「Ja(然り). 求めよ、さらば与えられん。然れどもそれまでに汝涙の谷を渡るべきものなり」


おどけているような、厳かなような、よくわからない、聖書の一節をパロっているらしき、どちらともとれる口調でセリゼは言った。これは貴族ジョークというものなのだろうか。


 「そういうことですね」


そしてそれをフレアも否定しなかった。まるである種の真理が隠されていると言わんばかりに。……これに?


 「まあ初日から分かるとは思ってないけど」

当然のことであった。月読は言う。

「暮らしてみないとわからない、ってとこね」


 「大丈夫、そのうちわかるから」

セリゼが言う。その口調には、妙に優しげなものが含まれていた。「私を受け入れた町なんだから」

 

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