(2)
それにしても、少し驚きの内容であった。
あのセリゼが、このようにリラックスした手紙を渡すようになったとは。
「人のことは言えないけど……落ち着けたんだね。よかった」
季節は春である。そのような陽気に似て、彼の微笑みも春風のように優しい。
数年前からであろうか、セリゼからこのような手紙が来るようになったのは。それまでも折を見て連絡は取り合っていた。が、このような穏やかな手紙が定期的に来るようになったのは今までにないことであった。居も定めている。
あのセリゼが。
セリゼと月読は長い付き合いである。少なくともかれこれ百年以上前からだ。そして、彼女がいかに迫害を受けてきたかも知っている。
血が吸えない、そしてそれでもなおかつ莫大な力を持つという異形性故に多くの同族から命を狙われてきた。セリゼはそれを返り討ちにする日々を、その半生において過ごしてきた。
やがてとある事件があり、互いに協定を結び、セリゼに干渉しようとする吸血鬼はいなくなった。それはセリゼの勝利であった。けれど、もうどこにも居場所はなくなってしまった勝利であった。だから、それ以降の彼女の人生は、どこか落ち着ける場所を求めて放浪する日々だった。
それが、やっと叶ったのだと思うと、月読は本当に嬉しい。彼女は、何よりも安息を求めていたからだ。
最後に彼女に会ったのはいつだったか。大分前になる。彼女が今の場所に腰を落ち着ける前のことだ。そしてセリゼの手紙には、遊びに来ない? という文面が認められていた。月読としても是非行ってみたいと思っていた。ただその頃は月読はこの星の反対側に居た。
セリゼからの手紙が増えるにつれて、彼女がそこで伸びやかに過ごしていることが、どんどん伝わってくる。文章はどんどん和やかになり、日常の楽しさを記すようになる。本当に、いい場所なのだろうな、と月読は思った。
そんなやりとりの中で、月読はふと、
「そろそろ定住しようと思っているのだけど……」
とこぼした。
根っからのボヘミアンだった月読の、どういう心境の変化であろうか。とは言っても、永住するつもりでは、旅を根底から止めてしまうわけではなかった。ただ、しばらくは腰を落ち着けてみるのもいいかな、と思ったのだ。
何しろ百年も二百年も放浪を繰り返してきたのである。留まらない方がどうかしているとも言えるかもしれない。
言うなれば、ベースキャンプをとりあえずの形で設置したくなったのだ。
それでも――それでも、定住、という考えが頭に浮かぶくらいには、月読の心境も変化した。これは老いだろうか?
「まさかね」
そんなものはもう何度も経験している。何と言っても仙人なのだから。若きを経験し、老いを経験し、そして再び若さを、老いを経験し、の繰り返しである。三百年も生きていると、そのあたりの繰り返しで訳が分からなくなってくる。長生種は大体そんな感じだ。
大方の者はそこで倦む。どうせいつもと変わらないじゃないか、と。
僕の放浪はそこから如何にして抜け出すかの営為であった、と月読はとりあえずの結論を出している。あるいは言い開き、言い訳。
何はともあれ、そのような心境を旧友に打ち明けた。そうしたら、セリゼから、
「だったらこの町に来てみない?」
と誘われたのだった。
旅も北半球に再び戻っていた。いい機会かな。そう思って、ものは試しという感じで、セリゼが住む町、「ほうき星町」へと、月読は足を運ぶこととなった。
あるいは、少し疲れていたのかもしれない。根無し草の旅烏。それは、百年も、二百年もそういう生活を続けてきたのだから、当然のことだろう。それとも――そうだ、こちらの方がより強い動機であった。
あの少女が、どのような町で暮らしているのか、という純粋な興味。
列車は山を突っ切るトンネルへと入っていく。月読は手元のオレンジを一口頬張る。柔らかな酸味と甘み。




