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彼女の容姿は驚くほど普通だった。
それは、あたかも「美少女性」を極限まで凝縮し、恒星のような光を(この暗闇の中でも)放っているキギフィに比べると、その辺の野草というか、むしろ野草を持ち帰ってヨモギ餅でもするためのビニール袋というか(ひでえ言い草)、それくらい、「目立たない」。
釣り人らしく、ベストを着て、多機能そうなカーゴパンツ。暗闇だというのに麦わら帽。
で、ノーメイクのすっぴんに、そこそこに長い髪を結わいて。
無論釣りをガチでするにあたって、余計なファッションはする必要はないが(カッコつけから入る類の釣り人もいるけど)、まあ、それを抜きにしても、余りにも、その女性からは、フェミニンな魅力がなく……もっと言えば、「無色」すら思わせるほどの、圧倒的普通さ。
大概女性というものは着飾るモノである。
これはわたしの持論で、あるいは性差別的かもしれんが、男性は「役に立たないおもちゃ」に心血注ぐことを誇りとしているのに対し、女性はそれを軽蔑し、「役に立つもの」を追い求める傾向があるように思える。そのダイレクトな形が「服」だろう。
それは出産という、「究極的に役に立つこと」を己が身に宿して生まれるFamaleという「存在」に根差すものであるのか。まあ文化人類学はこの辺にしといて、ともかく女性は着飾るのが好きである。ギャルと腐女子とオバサンの区別を問わず。
ところが、目の前のこの女性からは、そのようなオーラを微塵も感じさせない。
「だらしない」というのでもない。身なりは清潔にしている。
ただただ、あまりに地味なのである。
「見てくれが悪い・器量が悪い」わけでもない。
きちんと見れば、整った顔立ちをしている。
が、不思議なことに、それを何か……まるで「無色の絵の具」で、その個性を塗りつぶそうとしているような、そんな印象すら受けるのだ。
だから、キギフィとは正反対の――少なくとも見てくれは正反対の人間なのだが、そうであろうとも、彼女はこのほうき星町において、キギフィの「最も親密な」友人のひとりである(フレア家の三人は「家族」である)。
キギフィは語る。問う。
「まあ気持ちは分かるよ。無心と言うのは楽しい」
「それがすっと分かるのは貴女とか……そうね、貴女の同居人、剣崎老師のような存在でしょうね」
「あのロリショタが老師ねえ」
「ひどい言い草。まあ、それでも、確かにあの人は仙人なのだから……少なくとも、こう言うのは何だけど、ユーイルトット公爵よりは、無心の境地に近そうじゃない?」
かぱっ、と破顔して無言で笑うキギフィだった。ツボに入ったようだ。
「フォローはしないの?」
女性は聞く。
「する必要あるもんか。セリゼ様御乱心」
「ひどいわね」
「ともかく……神経張った日常ってものが、毎日毎日続くような職業……というか、前職というか……そういう意味でしょ? 私の場合は部隊。あなたの場合はスパイ」
「そういうこと」
彼女は竿を下ろし続ける。




