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ここだけ三人称です

 筆者による拙い筆を許してほしい。そこからの一連の出来事は、セリゼの視点だけでは追いきれない。

 そもそもここまでの時点で、読者諸賢においては、セリゼの行った魔術行為が、いかにケタはずれか、いまいち伝わらなかったのではなかろうか。が、仮にこの場に魔術用のガイガーカウンターのようなモノがあれば、数値がメルトダウン級に高まっていることが、容易に見て取れる。「この場」がそう見えないのは、ひとえに彼女の結界、解除術といった魔法行使が完璧すぎたからだ。数学者の論理展開にも似た完璧さは、静かにして冷ややかなものであるからして。

 だが、その場に満ちた、「ヤミ」の莫大な負のエネルギーと、誠実な嘆きの二律背反はどうだろう。セリゼの、冷ややかな目に宿る覚悟と怒りはどうだろう。魔女の大釜、ぐつぐつ煮えて。

 本来、周囲には獣、猟師、モンスターがいるはずだ。が、その気配はみじんも感じられない。逃げたのだ。一目散に。この魔術的雰囲気……なにより、殺気を感じて。

 「ヤミ」、ふっとその場から姿を消す。次の瞬間、結界を突き破らんかの勢いで、ドーム状の見えざる壁にタックル、自己のどろどろ状の暗黒が粉塵状に舞う。

 紫電のよう、その勢い。

 もう「彼」は、自己の挙動を制御できないのだ。

 誰か知ろう、彼の正体、すなわち偉大にして公明なる大魔術師サバルティ=レナード。悪しき闇の住人を、悪しき光の住人を、裁き、討ち、弱き闇の住人を、弱き光の住人を、守り……光と闇の区別なく、「道理」に沿わない汚い暴力を、より強い力で正そうとした、聖人だ。聖人だった。その彼が、ただのヤミ……殺戮破壊マシーンに、「作り替えられて」しまった。

 セリゼはその作り替え方を知っていた。よくしっていた。吸血魔術「ドブネズミのセービングロール」。13面ダイスを振り、「当たれば」このようなヤミに、対象を作り替えることができる。「はずれれば」自己の吸血鬼能力のひとつを、一日だけ使えなくなる――それは、自分がえらぶことができる。たとえそれが、「自分の屁のにおいを消すことができる」能力ふぜいであっても、「条件」には合致する。

 だから、これは、吸血鬼の、下卑たゲームなのだ。

 吸血鬼は、作り出したヤミを称してドブネズミといった。が、本当にドブネズミなのは、どっちなのか。セリゼは、この魔術自体を否定はしていない。強力な魔法だ。猛烈に否定したいのは、「事実上何も賭けずにただ遊ぶ」その精神だ。それが、「夜の貴族」のすることか、戦士のすることか、「ひと」のすることか。賭けよ、命に相当するなにがしかを――それがルールだろう、と、セリゼは思う。

 滑走するヤミこと、もとサバルティ、その速度、まさに漆黒の雷迅。それはそうだ、この魔術兵器がパワーソースとするのはそもそも、被害者のポテンシャル。それを最大限に行使「させる」。本人が破壊してしまおうと。死んでしまおうと。たとえるならフルマラソンの距離を大槍鎧甲の重装備で無限殺戮しながら100回ループして駆けよ、それくらいの狂った命令に、あらがえない。体が、魔法に従ってしまう。

 なにより、殺したくないのに、殺させるというのだ、この魔法は。

 セリゼは……

 はて、セリゼは、ヤミの進行方向にいたはずであった。が、その姿、皆目見あたらない。

 次の瞬間、ヤミの背後からセリゼは切りつけた。時空のトランクから取り出したリボルバー内蔵型ブロードソード「ト長調」で、ヒトカタの経椎を切りつけた。勢いよく、水流が真上にほとばしる。ひゅうっ、と、紅が。

 これらの一連の戦いの流れ、刹那、一秒。セリゼの回避行動と斬撃は、コンマ数秒の早さだった。

 血のシャワー、汚れてしまった生命のスプリンクラー。セリゼにとって血とは禁忌である。血が吸えない異形の吸血鬼。だから口を紡ぐ。精一杯紡ぐ。だから、だから、その無表情。

 能面のように、舞うように、下方に動いて血を避ける。その間にも、腕口、股、どてっ腹、と、目に付く人体急所を、射抜いていく。

 彼女の剣術は我流である。正式な剣術体系にのっとったものではない。だが、レーシングカーのエンジンと、ギロチンの刃を搭載した大型トラックの暴走を思っていただきたい。そのような存在が、「型」など覚えてなにになろう。ただ虐殺殲滅するのみ。「型」など、人間程度のオーダーの能力しかないモノのためなのだから。

 ビニール袋に穴を開けるようにして、セリゼは切りつけていく。黒のマントと礼服が動き、そして紅が舞う。もうひとつの黒なるヤミは、それでも動こうとする。動かないはずの腕をふる。接触すれば、人間なら爆発してしまうポテンシャル。それを簡単に受け止め、傷をつけてしまうのが、彼女の剣なのだ。

 空間の外からみたら、それはただ単に、黒い線と、紅い線の無数の交差のように見える。

 結界の中は、思いの外落ち着いている。とっくに崩壊してもおかしくない地面、空間なのに、それがとどめられているのは、セリゼの防御魔術による。

 暴走するヤミは、あちこちに動いては、あちこちを動かしては、結界の外にでられない。あまりにその速度が早すぎて、ただの線にしか、人間には見えない。

 そこに、ヤミがまきちらす、紅なる血の線が、幾何学的な抽象絵画を描くように展開される。

 そこにさらにあるのは、もうひとつの黒い線――セリゼのさらなる高速であった。

 静かな、墨絵のようなものが、そこに見える。

 黒色紅色の死の絵画。

 静かな、一方的な虐殺が、そこにある。

 黒色紅色の死の光景。

 これが神討ちのごく簡単な実力。人間の能力を外法でチューンしたバケモノの力でも、それがどうしたと。

 それでも、それでも、ヤミは、サバルティ=レナードは止まれない……! もうどうしようもないのだ、ドブネズミと化してしまった彼には!

 だから、セリゼは、その狂ったルールをときはなつ。救うのだ、彼を、ひととして。

 「魔女魔術ウィッチクラフト……」セリゼは唱える。剣先に魔力の光が集まる。「雨嵐の中の白墨チョークマーク・イン・レインストーム!」

 体中から放出される幾筋もの血流が、剣の先端に吸い寄せられる。まるでマリオネットの操り糸のように。

 セリゼは、その糸を束ねて、ぶん! とスナップを聞かせて、ヤミを空中に放り、落下させる。セリゼの力からしてみれば、マンションの屋上から落下したのでもまだ足りない。

 うごめくヤミ。しかし、セリゼは告げる。

 「『書き換えた』よ、あなたの血。動けるはず。てか動け」

 魔女魔術の基本は薬学に近く、劇薬をもってしても、禁呪をもってしても、「せめて動けるようにする」のが主眼。

 その最大達成が、セリゼの魔術ドーピング……吸血鬼が日の光のもとでも、ニンニクを食べられるようにも、流水の上を遊べるようにも、なれるように体を、存在理論そのものを書き換えることであった。

 それを納めた彼女にしてみれば、「ドブネズミのセービングロール」を解除することは可能なのだ。つまるところ、この吸血魔術は、「血を書き換えること」によるものなのだから。

 けど。

 だからといって、彼の体は、この技をくらい、破壊兵器にされ、行使され続けた時点で、崩壊しているのはいうまでもなく、意志も、精神も、犯されているのだ。

 それでも、彼が、「ひと」として、セリゼに懇願したこと……それは、奇跡だ。いや、失礼。彼の誇りと強靱な意志、つまり「ひと」としてのこころの力を、奇跡といってはいけない。それはまぎれもない、聖人の力だ。

 だから、セリゼは、

 「あなたは、あなたとして、死のう……手段は、任せるが、どうする?」

 それを聞いた、大魔術師サバルティ=レナード、両手を懸命に掲げ、なんと、セリゼがとどめきっていた、この戦闘による、大地の歪み、大気の汚濁、魔力の過剰放流、その他もろもろの、「自分が壊したもの」を、回復しきったのだ。ヤミの体が消えていくと同時に、山々の生命が、青く萌える。見えない光が、そこにあった。

 そして静かになった。筆者は再び筆を置き、セリゼの視点に戻す。

 セリゼは……

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