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(6)

 私は非常に胸くそ悪い。

 こないだの明朝の吸血鬼は、ただ吸血協定ぶったぎってるだけじゃなかった。まさか「ドブネズミのセービングロール」で……しかも、なんだ、屁をかけやがっただと? クズが。クズはどこまでもクズであった。殺して正解だった。どっちがゴキブリだ、どっちがネズミだ。そりゃ私だって誇れる人生送ってるわけじゃないがな。

 「彼」の名は、サバルティ=レナードという。偽名でもハンドルネームでも魔術名でもない。真名まなだ。誰にやられたかということと、己の真の名と、その精神の真実さは、血をみればわかる。「雨嵐の中の白墨」やるとき、「診断」するのだが、そうでなくても、吸血鬼としての本能が、それを告げるのだ。

 そういう男を、奴は慰みものにした。

 「……はぁ」

 私は、あの場から離れて、対岸のほうき星町を眺めることのできる、山脈の中腹高めの、突き出した岸壁のスペースにぼけっと座っていた。あぐらかいて座っていて、どうにもやりきれなくて、髪の毛がりがりかいた。んで、なんともいえない感覚で、体育座りをした。

 膝の間から見えるほうき星町をみる。どっからどうみても、地味な町である。定期便の貨物船がきて、港では荷卸しがはじまる。

 そこで働いてるのは、人種も種族の区別もない。

 私の視力は、以下の光景が見える。死ぬほど目がいいからな……。

 人間の壮年が持ち崩した荷物を、ドワーフの男がとっさに支える。すまねえ。いいってことよ。その荷物は、通商のエルフが各種手続きをすませる。お疲れさまでした。んじゃよろしく。そのエルフに、童女の姿をした蛇の化身と、魔人のふたり組が声をかける。あれは役場の連中だ。しまった、私今月の町民税払ってないぞ……。金は腐るほどあるんだけどさ。どうもおっくうなんだ。

 そんな、光景をみる。で、思う。

 これが、「ひと」の姿、あり方、だろうと。

 姿形がなんだってかまうまいよ。人様に迷惑をかけず、そればかりか誰かのために少しでも自分ができることをしようという精神あれば、それは「ひと」だろう。

 そんなんでいいんじゃないか? 「ひと」の定義なんて。それ以上に有効な定義を、この三百年間生きてきて、ついぞ知らんわ。

 てなことを、ぼおっと考えていると、遠くから月読が飛んできた。天女のように、肩掛けのストールを腕に絡ませて飛んでいる。優雅。アレホント男の娘としか形容できんよな。

 「お疲れさま」

 「ん? ……ひょっとして、気づいてた?」

 「わかるよそりゃあ。大気のふるえ、魔力のふるえ。仙人極めてますから」

 それ、人間が電磁波関知できるか否かのレベルなんだよな……。

 「ねえ月読」私は隣に座った旧友に語りかける。封印がとき放たれ、中の「彼」がいなくなった、あの本を取りだして。

 「ん? ……ああ、魔術書」

 「これの中に、サバルティ=レナードってひとが封印されてた。『ドブネズミのセービングロール』で、ひっどいもんに変えられて、ね」

 「サバルティ……」

 そのときの月読の顔は、私が長いつきあいで見てきた所以で、なにを思っているのかわかる。一見穏やかでいるようだが、その実、途方もない衝撃をうけている顔だ。

 「知ってるの?」

 ヤボな質問とは知りつつも、そう声をかけざるを得ない。

 「二十年前にね、遠い旅先で、知り合った友達だよ」

 「……そう」

 だろうな、と思った。私はいう。

 「殺したよ」

 「殺してくれ、と頼まれたんでしょ? 正確にいおうよ」

 「……」

 「なんでわかんの? って顔してるね。わかるさ、そりゃあ。彼は強い人間だった。誇り高く、誰よりも正義を希求していた。悪を憎んでいた。相手が誰だろうが――権威、種族、来歴、思想、問わず『いまその相手がなにをやってるか』で判断した。……だから、ずっと彼の人生は、戦いだったね」

 「社会正義のため?」

 「『ひと』の倫理のため。僕も、ちょっとは叱られたこともある」

 「月読が叱られるんじゃぁ、私なんてよっぽどだな」

 「セリゼ」旧友は、私にほほえんだ。「君は、善きことをしたんだ」

 「嘘つけぇ……私は、いま月読の友達だったって知って、すごい後悔してるんだ。私ひとりで解決しようとすべきじゃなかった、てね。少なくとも月読がいれば、ほかの選択肢に至った……」

 「『ドブネズミのセービングロール』で変化させられたものを、どうしろと?」

 「ネクロマンシーでも使えば……とか。ああ、こういった考察は偽善だってわかってるよ。でも、私は月読の友達を……」

 「こら」

 ぽかり。ぐーぱん頭にくらった。

 ……え? 月読私を殴った? あの月読が?

 「彼は殺してと頼んだんでしょ?」

 「……まあ」

 「きちんと、葬ってやったんでしょ?」

 「……最善は尽くしたつもり」

 「それなら、彼の友達、家族、彼に救われた弱きひとたちは、君にこういうだろう。『ありがとう』ってね。もちろん、僕も含めて。彼自身は、いうにおよばず」

 「そんなもんかね」

 「君は破壊殺戮には長けているけど、その逆は不得手にみえる。三百年生きてきたんだからそれくらい理解しなさい。僕がいえた義理じゃないけど。ごめんね」

 「いってくれるなオイ……まあ、そうなんだけどさ」

 「じゃ、この悔恨は、これまで」

 わかった、わかったよ。

 私は再びあぐらをくんで相好を崩し、月読に本を渡す。

 「私にはイマイチわからん内容だった。東洋系魔術の超高位専門書だから。『混沌より魂魄生ずる』『五行の金は木を制す』程度の知識しかないんじゃぁなあ」

 「ご謙遜を……はて、なるほど、なるほど……ふうん」

 月読、すごく感慨深そうである。

 「この本はね」

 もう読んだんか。で、仙人いわく、

 「『彼』の本だよ」

 「だろうと思ったけど」

 「うれしいなぁ……いつか、彼と議論していたことが、発展してここに書かれてる。とても、いい本だよ。彼の魔術師人生の集大成だ」

 「奴はそんなのに封印したのか……最大の侮辱だ」

 「ねえセリゼ、連名で、国際魔術機関連盟に、吸血協定の徹底について、意見書出さない? 『神討ち』の名を出してもいい」

 「それは、『脅し』というんだよ、剣崎老師」

 「なんだっていいじゃないか」

 一瞬だが、空気がざわめいた。大気が、ごわごわに強ばった感触になったかのような、強い怒気。

 いうまでもないな、こいつが、どれだけ怒ってるか。

 「私は、ぜんぜん異論はないさ。そういえばちょうど私も役場に用があったんだ」

 「税金払ってないでしょ」

 「……!」

 なんでわかった!

 「副局長さんから電話があったよ。僕と大家さん、すごく情けなかったよ」

 「……ごめんなさい……」

 「むしろこっちをしっかり反省しなさい」

 月読は立ち上がる。私もそれに続いて立ち上がる。

 遠くには、私の町が見える。月読の町が見える。私たちの――みんなの町が見える。それを守るために、世界から見放された人々の町を守るために、私は生きてるんだ。きっと。そううぬぼれても、いいんじゃない?

 「ときに公爵」

 「ん?」なんだろう。

 「この本、懐中水時計の品物だよね」

 「どっから入り込んできたんだか。吸血鬼が送り込んできたとしたら、よけいに吸血協定どうにかせんといかんな。ただ……案外、『彼』が、この本を不可思議な力で、この町に送り込んでくれたのか、といえなくもないような気が、しなくもない」

 「それはなかなかすてきだね」

 「きっと、月読に会って……」

 「結果オーライ結果オーライ。で、その本を買おうと思うんだよね」

 「仙人として? 友として?」

 「どっちだっていいじゃない、ほしいんだから。……どれくらいの値段するんだろう」

 そこで私は思いついた。

 「半分持つよ。割り勘だ」

 「それはさすがに……」

 「水くさいこというなバカ」私は月読から本をひったくる。「返してほしかったらいうとおりにしな」

 「やっとツンデレの意味がわかったような気がするよ」

 「殺すぞ勝手にいうてろヘタレショタ」

 柔らかなほほえみで、いい笑顔浮かべてんじゃないよ。

 まったく……。

 空を見上げる。何で私が、吸血鬼が、広がりゆく青空を、こういうふうに気持ちよく思ってるんだろう。

この短編はここで終わりです。次回からまた新たなお話です

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