第一章:諏訪湖畔の饗宴(きょうえん)
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プラトンはかつて『饗宴』の中で、人間は本来、四本の腕、四本の脚、そして二つの顔を持つ一つの存在だったと記した。しかし、その強大な力を恐れたゼウスによって体は二つに引き裂かれ、私たちは失われた「片割れ」を永遠に探し求める呪いをかけられたのだという。
諏訪二葉高校に通う十七歳の頃の私は、その高説を、ワインを飲みすぎた老人のたわ言だと切り捨てていた。私にとって人間とは、孤独に生まれ、絶対的な静寂の中で死んでいくものだったからだ。
あの日、琴葉――当時はまだ朝比奈だった――あかりに出会うまでは。
「エドくん! その黒い表紙の本を読むのはもうやめて。今日の地球は、こんなに青く染まっているんだよ!」
諏訪湖のほとりにある公園のベンチから顔を上げると、そこには春の風にセーラー服をなびかせたあかりが立っていた。フルートのケースを、まるで戦士が家宝を抱えるように大切そうに抱きかかえ、彼女の背後に沈みゆく夕日が、その髪の輪郭に黄金の後光を描き出していた。
「青という色は光の周波数だよ、あかり。気分のことじゃない」
私は論理的な仮面を維持しようと、淡々と答えた。
彼女は笑った。その笑い声は、物理学の公式では決して説明できない唯一の旋律だった。彼女は私の隣に腰を下ろした。吹奏楽部の練習終わり特有の、ジャスミンの石鹸と、ほんの少しの汗の香りが届くほど近くに。
「あのね、エドくん。君はまるで歩くストア派(禁欲主義)だね。感情をコントロールすることに必死で、それを感じることを忘れてる」
そう言って、彼女は私の肩にそっと頭を預けてきた。
私の身体が強張る。論理的に言えば、これは単なる熱伝導による体温移動に過ぎない。しかし、私の心臓は慣性の法則を完全に無視した速度で脈打ち始めていた。
「……私はただ、儚い感情の奴隷になりたくないだけだ」
私は囁いた。
「だったら、私が君にとって唯一の、愛すべき『儚いもの』にして」
彼女は顔を向け、まっすぐに私の目を見つめた。距離はわずか数センチ。彼女の瞳には穏やかな諏訪湖の景色が映っていたが、その奥には、鋭利な論理さえも呑み込んでしまうほどの、情熱という名の嵐が渦巻いていた。
まだ満開には遠い桜の木の下で、あかりは私の右手を取った。そして、指先で私の手のひらに、そっと小さな円を描いた。
「いつか、私をスコットランドへ連れて行って」
唐突に、彼女は言った。
「どうしてそんな、遠くて霧深い場所なんだ?」
「ハイランドの高原でフルートを吹きたいの。風の音と私の音楽が、一つになれる場所。そして、君にはそこにいてほしい。私たちがどうやって距離を征服したかについて、本を書いてほしいんだ」
彼女は微笑み、私の頬にそっと口づけをした。
その感触は、私の脳内にある図書館をすべて焼き尽くす炎のようだった。今まで学んできたあらゆる哲学理論が、一瞬にして崩れ去る。その時、私はエピクロスが正しかったことを悟った。――最高の快楽とは、肉体に苦痛がなく、魂に混乱がないことである。そして、あかりこそが、私の魂の混乱を鎮める唯一の処方箋だった。
私たちは一つの温かいたい焼きを分け合い、砂の城を築くように未来を語り合った。美しく、壮大で、決して波にさらわれることなどないかのように。
宇宙が私たちの会話を盗み聞きし、皮肉な笑みを浮かべながら、あの湖畔の約束を「呪い」に変えるための悲劇を準備しているとは、当時の私は知る由もなかった。




