始まりの事件 Episode 4 見える証拠
私は考える。
見えないなら。
見える形にすればいい。
前の世界で知っていた方法。
指紋。
「アルドさん」
「なんだ?」
「何か……細かい粉のようなものはありますか?」
アルドさんが首を傾げる。
「粉?」
「はい」
「小麦粉とか……それか、炭のようなものでも」
アルドさんは少し考える。
「炭なら、下の暖炉にたくさん残っています」
「リナ、ちょっと持ってきてくれるか」
「はい!」
リナは急いで部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
しばらくして、リナが炭を持って戻ってくる。
私は炭を布の上に置き、細かく砕いていく。
黒い粉が、少しずつ広がる。
バルトが不思議そうに見ていた。
「それで何が分かるというんだ?」
私は答えず、箱へ近づいた。
まず、箱の表面をよく見る。
《科証研》によって見えている淡い光。
そこには、誰かが触れた痕跡が残っていた。
私は慎重に炭の粉を乗せる。
そして、息を吹きかけて余分な粉を払う。
すると、少しずつ目に見えなかった模様が浮かび上がってきた。
「……!」
リナが息を呑む。
「何ですか……これ」
私は静かに答える。
「指の跡です」
「人の指先には、一人ひとり違う模様があります」
「同じものはありません」
「だから、物に触れると、その形が残るんです」
リナは驚いた顔で箱を見る。
「じゃあ……この跡を見れば、誰が触ったのか分かるんですか?」
「はい」
私は頷いた。
「それを確かめます」
◇ ◇ ◇
私はまず、バルトさんに向き直る。
「バルトさん、指を見せてください」
「私の?」
「はい」
バルトは戸惑いながら手を差し出した。
私は同じように炭の粉を使い、指先の模様を紙に写し取る。
「これは……」
バルトが自分の指を見る。
「あなたの指の模様です」
次に、私はアルドさんを見る。
「アルドさんもお願いします」
「俺のもか?」
「はい」
アルドさんは少し黙ったあと、静かに手を差し出した。
「疑われているなら、協力する」
三つの跡を並べる。
箱に残ったもの。
バルトさんの指。
アルドさんの指。
私は一つずつ確認していく。
そして、結果は出た。
◇ ◇ ◇
「みなさん、これを見てください」
私は箱についた跡を指差す。
「この箱についた模様と、バルトさんの手から取った模様」
「形が一致しています」
「この線の流れ」
「この分かれ方」
「この特徴」
「全部、同じです」
私は続ける。
「つまり、この箱に触れた人物の一人は、バルトさんです」
「私が?」
バルトが驚く。
「当然だろう。私は何度もこの箱に触っている」
「はい」
私は頷く。
「だから、そこは問題ではありません」
私はアルドさんを見る。
「問題は、もう一人です」
「アルドさん。この箱には、あなたの指紋がありません」
「え……?」
リナが驚く。
「本当に?」
「はい」
私は頷いた。
「もしアルドさんが部屋に入り、壺を盗んだのなら、箱に触れる必要があります」
「中身を取り出すために」
「蓋を開けるために」
「必ず、何かしらの痕跡が残るはずです」
私はアルドさんを見る。
「でも、ありません」
「だから、アルドさんは犯人ではありません」
リナが安堵した表情を浮かべる。
「お父さん……」
アルドさんは小さく息を吐いた。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
しかし。
私はまだ箱を見ていた。
「でも」
「おかしいんです」
部屋の空気が変わる。
バルトの顔が強張る。
「……何がだ」
私は静かに答える。
「この箱に残っている指紋」
「それは」
「バルトさんのものだけしかないんです」
沈黙。
レオンが目を細める。
「つまり……」
私は箱を見る。
「盗んだ人が存在しない可能性があります」
「そんなはずはない!」
バルトが声を荒げる。
「壺は消えたんだぞ!」
「はい」
私は答える。
「だから、確認したいことがあります」
私はレオンを見る。
「レオンさん」
「もう一度、バルトさんに質問してください」
「何を?」
私は静かに言った。
「こう聞いてください」
◇ ◇ ◇
「バルトさん」
「あなたはこの宿屋に来た時」
「壺を入れた状態の箱を持ち込んだのですか?」
レオンの瞳が淡く光る。
部屋に沈黙が落ちる。
誰もが、バルトの答えを待った。
「……違う」
バルトが観念したかのように、小さく俯く。
「私は、壺を入れた箱をこの宿へ持ち込んではいない」
その瞬間。
全てが繋がった。
私は小さく息を吐く。
「やっぱり……」
「壺は盗まれていません」
「最初から」
「この箱の中にはなかったんです」
密室に残された。
空の箱。
それは、盗難事件ではなかった。
誰かが真実を隠すために作った。
偽りの事件だった。
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