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証拠は嘘をつかない。異世界科捜研の事件簿  作者: 猫ネコユズキ


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第四の事件簿  Episode 9 殺意のない殺人

 全員が小部屋へ入った。


 さっきまで開いていた鉄扉が、背後にある。


 私は反対側――出口の方を見た。


「テリオンさん」


「はい」


「事件の日と同じように、ここに土壁を作ってもらえますか?」


 テリオンの表情が、わずかに曇った。


 ここから先は、兄を一人残して立ち去った、あのときの再現になる。


「……分かりました」


 テリオンが手をかざす。


 ゴゴゴゴゴ――。


 低い音とともに土と石がせり上がり、出口を塞いでいく。


 やがて――。


 完全に閉じた。


「…………」


 急に、小部屋が狭くなったような気がした。


 片方には鉄扉。


 もう片方には土壁。


 窓はない。


「これで、事件の日にイグナートさんが一人残されたときと、ほぼ同じ状況です」


 ローデリックさんが周囲を見回した。


「このあと……イグナートは何をしたんだ?」


「ここから先は、誰も見ていません」


 私は答える。


「だから、ここからは現場に残っていた痕跡から考えた、私の仮説です」


 私はまず、鉄扉へ向かった。


「イグナートさんは、ここから出ようとした」


 取っ手に手をかける。


「前にここを調べたとき、鉄扉から血の痕跡が見つかりました」


「兄上の手の傷……」


 テリオンが呟いた。


「はい。おそらく、何度もこの扉を開けようとしたときについた傷です」


 私は鉄扉を見る。


「でも、このときはまだ、扉の向こうに大量の水が溜まっていた」


 さっき、実際に確かめた。


 腰くらいまで水が溜まった状態では、レオンが力を込めても鉄扉は開かなかった。


「イグナートさんがこの扉を開けようとしたときも、たぶん同じです。外側に溜まった水が、扉を小部屋側へ押していた」


「つまり、最初に扉が開かなかった理由は水だった、と」


 アーサーが確認する。


「はい。少なくとも、水位が高かった間はそう考えていいと思います」


 アーサーは鉄扉へ視線を向け、小さく頷いた。


「先ほどの再現とも一致しますね」


 だから――。


「どれだけ開けようとしても、扉は開かなかった」


 そのうちに手を傷つけ、鉄扉に血が残った。


「だったら、次に考えるのは……」


 私は振り返った。


「こっちです」


 土壁。


「イグナートさんは、この壁を壊して出ようとした」


「どうやって?」


 ローデリックさんが尋ねる。


「炎魔法です」


 私は壁と床へ目を向けた。


「事件のあとに修復されていましたけど、《科捜研》で調べたとき、壁や床には焼けた痕跡が何か所も残っていました」


 テリオンが息を呑む。


「私がここを出る前に、兄上は炎魔法を使っています」


「はい。でも、それだけじゃ説明できないくらい、いくつも痕跡が残っていました」


 一度で駄目なら、もう一度。


 それでも壊れなければ、さらにもう一度。


「たぶんイグナートさんは、ここから出ようとして何度も炎魔法を使ったんです」


 レオンが土壁を見る。


「では、それも再現するのか?」


「ううん」


 私は首を横に振った。


「それは危険だから、別の方法で確かめる」


 持ってきた荷物へ手を伸ばす。


「これを使います」


 取り出したのは、小さな透明の筒状の瓶だった。


 片側には蓋。


 反対側は土で塞ぎ、中には短い蝋燭を一本入れてある。


「この瓶を、この小部屋だと思ってください」


 私は土で塞いだ側を指した。


「こっちが、テリオンさんの土壁」


 次に、反対側の蓋を指す。


「そして、こっちが鉄扉です」


 私は蝋燭に火を灯した。


 小さな炎が、ゆらゆらと揺れる。


 そのまま蓋を閉めた。


「よく見ていてください」


 全員の視線が瓶へ集まる。


 最初は、普通に燃えていた。


 でも。


 ゆらり。


 炎が揺れた。


 少しずつ、小さくなっていく。


 そして――。


 ふっ。


 消えた。


「……消えた?」


 マリウスが呟く。


「なぜだ?」


 ローデリックさんが瓶を覗き込む。


「火が燃え続けるためには、必要なものがあるんです」


「必要なもの?」


「酸素です」


「さんそ……?」


 聞き慣れない言葉に、みんなが首を傾げる。


「空気の中にあるものです。私たちが息をして生きるためにも必要だし、火が燃えるためにも必要です」


 私は、消えた蝋燭を指した。


「この瓶の中には、新しい空気がほとんど入ってきません。その中で火を燃やせば、使える酸素はどんどん減っていく」


 クロヴィスが瓶を覗き込む。


「つまり、人と炎が同じものを必要としている、と?」


「そうです」


 私は頷いた。


「そしてイグナートさんは、閉ざされたこの部屋で炎魔法を一度だけじゃなく、何度も使った」


 私は壁や床に残されていた焼け跡を思い出す。


「そのたびに、部屋の中の酸素は急速に減っていった」


「……だから、外傷がなかった」


 アーサーが静かに呟いた。


「はい」


 私は土壁を見る。


「もし何もせず、一時間ここで待っていたなら、おそらく助かったと思います」


「では……」


 テリオンが顔を上げる。


「兄上は、自分で……」


「ここから出ようとして使った炎が、結果的に自分が呼吸するための酸素まで奪ってしまった」


 私は静かに答えた。


「それで意識を失い、そのまま亡くなったんだと思います」


「そんな……」


 テリオンが土壁を見つめる。


「私は……時間が経てば壁は元に戻る。兄上も、それまでには頭を冷やしているだろうと……」


 その声が震える。


 誰も、こんな結果になるとは思っていなかった。


 だけど――。


「まだ、もう一つあります」


 私は瓶を持ち上げた。


「鉄扉です」


「鉄扉?」


 ウェインが顔を上げる。


「はい」


 私は小部屋の鉄扉を見る。


「あの日、ウェインさんとマリウスさんがここへ来たとき、水はもう足元くらいまで減っていました」


 さっき、実際に確かめた。


 その水位なら――鉄扉は開く。


「でも、あの日は開かなかった」


「水以外にも、何かが扉を押さえていた……」


 アーサーが呟く。


「はい」


 私はもう一度、瓶を指した。


「ここからは、もう一つの変化を考える必要があります」


「変化?」


「空気です」


 私は瓶の中の消えた蝋燭を見る。


「炎を何度も使えば、この部屋の空気は熱くなります」


 クロヴィスが頷いた。


「炎魔法を連続して使えば、相当な熱が生まれるでしょうね」


「熱くなった空気は膨らみます」


 私は続ける。


「この小部屋は、完全に隙間一つない箱じゃありません。鉄扉の隙間や石の継ぎ目はある。だから、膨らんだ空気の一部は外へ逃げていったはずです」


 アーサーが私を見る。


「そして炎が消えたあと、空気が冷える」


「はい」


 私は頷いた。


「空気が冷えて縮む。でも、一度外へ逃げた分はすぐには戻ってこない。反対側は土壁で塞がれていますから」


「つまり……」


 レオンが鉄扉を見る。


「部屋の中から扉を押す力が、外より弱くなる?」


「うん」


 私は鉄扉へ近づいた。


「外側の空気の方が強く扉を押すようになる。鉄扉は外側――階段側へ開くから、その力が扉を小部屋側へ押しつけて、開きにくくしていたんだと思う」


「だから、水が減ったあとも……」


 マリウスが呟く。


「俺たち二人で引いても、開かなかった……?」


「その可能性が高いです」


 アーサーはしばらく鉄扉を見つめていた。


「水が多い間は水の力。そして水が減ったあとには、室内と外の空気の圧力差……」


「はい」


 二つの理由が、時間をずらして扉を閉ざしていた。


「じゃあ……」


 マリウスが顔を上げる。


「あのときの音は……」


「うん」


 私は土壁を見る。


 二人が鉄扉を開けようとしているとき、小部屋の中から聞こえた――。


 ゴゴゴゴゴ――。


「この音」


 テリオンが土壁を見る。


「私の……魔法……」


「時間が経って、土壁が元に戻り始めたんです」


 私は瓶の底を塞いでいる土へ、細い棒を突き刺した。


 ぷすっ。


 小さな穴が開く。


「こうして外と繋がれば――」


 瓶の中へ空気が入る。


「中と外の差は、なくなっていきます」


 私は瓶の蓋を軽く触った。


 さっきまで固く閉じていた蓋が、今度は簡単に外れた。


 カラン。


 床へ落ちる。


「……!」


 ウェインが目を見開く。


「外から空気が入ったことで、中と外の圧力が同じになったんです」


 アーサーが、床に落ちた蓋から土壁へ目を移した。


「なるほど……。土壁が崩れ始めたことで、この小部屋にも同じことが起きた」


「はい」


 私は床に落ちた蓋を拾った。


「事件の日も同じです」


 土壁が元に戻る。


 外から空気が入る。


 小部屋の中と外の圧力差がなくなる。


「だから、そのあと鉄扉が開いた」


「……そういうことだったのか」


 ウェインが呆然と鉄扉を見つめた。


 血痕。


 壁や床に残された、いくつもの焼け跡。


 鉄扉に残った水の痕跡。


 ほとんど外傷のない遺体。


 開かなかった鉄扉。


 そして、土壁が元に戻ったあとに開いた扉。


 全部が――繋がった。


 アーサーは何も言わず、しばらく考え込んでいた。


 やがて、ゆっくりと顔を上げる。


「……《審理》が、テリオンさんを最も高く示した理由も分かりました」


「え?」


 私はアーサーを見る。


「テリオンさんの土壁がなければ、この状況そのものが成立しなかった」


 アーサーはテリオンへ視線を向ける。


「だから《審理》は、彼が最も事件に深く関わっていると示したのでしょう」


「でも……」


 レオンが口を開く。


「テリオンは殺していない」


「ええ」


 アーサーは、今度は迷わず頷いた。


「《真眼》も間違っていなかった」


 二つのスキル。


 どちらかが間違っていたわけじゃない。


 見ていたものが、違っただけだった。


 《真眼》は、テリオンさんの言葉に嘘がないことを見抜いた。


 《審理》は、この死に最も深く関わる行動をした人物を示した。


 その両方が――正しかった。


 ローデリックさんが、静かに口を開いた。


「ということは……」


 その声は重かった。


「イグナートを殺したのは……」


 言葉が、そこで止まる。


 小部屋が静まり返った。


 テリオンが俯く。


 ウェインも。


 マリウスも。


 三人とも、あの日、兄と口論になった。


 三人とも、魔法を使った。


 だけど――。


「誰も、イグナートさんを殺してはいません」


 私は答えた。


 三人が顔を上げる。


「ウェインさんの風魔法は、直接の死因じゃない」


 ウェインを見る。


「マリウスさんの水魔法も、イグナートさんを殺してはいない」


 次に、テリオンを見る。


「そして、テリオンさんの土壁も――イグナートさんを殺すために作ったものじゃない」


「でも……私が壁を作らなければ……」


「それだけじゃ、イグナートさんは亡くならなかった」


 土壁があっても、何もせず待っていれば、おそらく助かった。


 水魔法だけでも死なない。


 風魔法だけでも死なない。


 炎魔法だって、開けた場所なら問題にはならなかった。


 でも。


 その全部が、この場所で重なってしまった。


「誰か一人が、イグナートさんを殺したわけじゃないんです」


 私は静かに息を吐いた。


「いくつもの行動と偶然が重なって起きた――」


 もう一度、みんなを見た。


「殺意のない殺人だったんです」

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