第四の事件簿 殺意のない殺人 Epilogue
しばらく更新が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
実は途中で原稿が消えてしまい、一度かなり心が折れていました。
「もう一度、同じところまで書き直すのか……」
と思うと、なかなか手が動かず。
少し挫折していました。
それでも少しずつ書き直して、ようやく第四の事件簿を最後まで書き終えることができました。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
それでは――。
第四の事件簿、最後のエピローグです。
塔を出たころには、空が茜色に染まり始めていた。
長い一日だった。
振り返ると、四元素の塔が夕陽を背負って、黒い影のようにそびえている。
あの塔で、一人の青年が死んだ。
誰かに殺されたわけではない。
犯人なんて、最初からいなかった。
だからといって――。
悲しみまでなくなるわけじゃない。
「……私のせいだ」
不意に、ローデリックさんが呟いた。
テリオンたち三人が振り返る。
「父上……?」
「私が、お前たちをあの塔へ行かせた」
ローデリックさんは、三人ではなく塔を見つめていた。
「お前たちは皆、違う力を持っている。土、水、風、炎――それぞれに優れたものを持ちながら、いつからか互いにぶつかることが増えていた」
その声が、わずかに震える。
「だから、あの塔へ行かせた」
四つの魔法。
四つの試練。
一人の力だけでは、決して頂上まで辿り着けない塔。
「四人で力を合わせれば、きっと何かが変わる。そう思っていた」
ローデリックさんの手が、強く握られる。
「それが……」
言葉が途切れた。
「まさか、イグナートを失うことになるとは……」
「父上」
「私があの塔へ行けなどと言わなければ、あの子は――」
「それは違う」
低い声が響いた。
レオンだった。
ローデリックさんが顔を上げる。
「あなたが四人を塔へ向かわせたことが、事件の始まりだった。それは事実だ」
レオンは静かに続ける。
「だが、あなたは息子を死なせるために塔へ行かせたわけではない」
「しかし……」
「テリオンも、ウェインも、マリウスも同じだ」
三兄弟がレオンを見る。
「俺は三人全員に聞いた。イグナートを殺したのか、と」
レオンの瞳が、三人を順番に見つめる。
「三人とも、殺していないと答えた」
あのとき。
《真眼》は、そのすべてを真実だと示した。
「少なくとも、三人の誰にも兄を殺そうという意思はなかった。それは俺が保証する」
「…………」
ローデリックさんは何も答えなかった。
ただ、俯いたまま唇を噛んでいる。
そのとき。
「それに――」
今度はクロヴィスが口を開いた。
「ローデリックさんが四人に伝えたかったことは、間違っていなかったと思いますよ」
ローデリックさんが顔を上げる。
「私は今回、彼らと同じ道を実際に登りました」
クロヴィスは塔を見上げた。
「土、水、風、炎。どれか一つでも欠けていれば、本来ならあの塔の頂上には辿り着けない」
そして、三兄弟を見る。
「一人ですべてをできる必要なんてないんです。それぞれにできることが違うからこそ、力を合わせる意味がある」
少しだけ間を置いて。
「あなたが息子たちに伝えたかったのは、そういうことだったんじゃありませんか?」
「……そうだ」
ローデリックさんが答えた。
掠れた声だった。
「私は……ただ、四人に力を合わせてほしかった」
その言葉に。
三兄弟は、しばらく何も言わなかった。
やがて――。
「父上」
テリオンが一歩前へ出た。
「兄上のことを、なかったことにはできません」
ローデリックさんが息子を見る。
「俺はこれからも、きっと何度も考えます。あのとき壁を作らなければ、と」
「私もです」
マリウスが続いた。
「あのとき、水魔法を使わなければって」
ウェインも小さく息を吐いた。
「俺だって同じだ。最初に兄貴と喧嘩したのは俺だからな」
三人とも。
きっと、これから何度も後悔する。
今日、真相が分かったからといって、それが消えるわけじゃない。
「でも」
テリオンが続けた。
「だからこそ、今度は間違えたくない」
ウェインが弟を見る。
「……どうするんだ?」
「三人でやりましょう」
「三人で?」
「この家を支えるんです」
マリウスも頷いた。
「誰か一人じゃなくて、三人で」
「簡単に言うなぁ」
ウェインが苦笑した。
「兄さん一人よりは、ずっと安心です」
「お前な」
「否定できます?」
「…………できねえな」
ウェインが笑った。
ほんの少しだけ。
マリウスも笑う。
テリオンも。
そして。
三人が父親を見る。
「父上」
テリオンが言った。
「四人では、できなくなってしまいました」
ローデリックさんの表情が歪む。
「でも、三人でやります」
「…………」
「今度こそ、ちゃんと力を合わせます」
ローデリックさんは、何も言わなかった。
言えなかったのかもしれない。
ただ――。
息子たちに背を向けるようにして、目元を手で覆った。
◇
しばらくして。
私たちは屋敷へ戻るため、塔をあとにした。
三兄弟が並んで歩いている。
その少し後ろを、ローデリックさんが歩いていた。
誰も、イグナートさんの代わりにはなれない。
四人だった兄弟は、もう三人だ。
それは、どうしたって変えられない。
「……七十九%」
突然。
隣から声がした。
「え?」
見ると、アーサーが三兄弟の背中を眺めていた。
「何が七十九%なんですか?」
「彼ら三人が今後も力を合わせてグランドル家を支えた場合、これまで以上に家が繁栄する可能性です」
「……そんなことまで《審理》で分かるんですか?」
「まさか」
アーサーは即答した。
「彼ら三人の性格、能力、関係性。グランドル家の現状。そして今回の一件で得た情報。それらを総合して、私が算出しました」
「自分で?」
「当然です」
「…………」
この人。
人の家の未来まで計算したらしい。
「七十九%って、微妙に現実的な数字ですね」
「当然でしょう。未来に百%などありません」
アーサーは平然と答える。
「ましてや、彼らがこれから進む道には多くの困難がある。今回の事件も、簡単に乗り越えられるものではないでしょう」
その声が、少しだけ柔らかくなった。
「悲惨な事件でした。それは間違いない」
私も前を見る。
三人の背中。
その歩幅は、まだ完全には揃っていない。
「ですが――」
アーサーが続けた。
「今回のことを忘れず、三人が互いの力を認め、足りないものを補い合うことができるのなら」
三人がこれから歩いていく未来を見つめるように。
彼は言った。
「グランドル家は、これまで以上に繁栄する」
そして。
いつもの、自信に満ちた表情で。
「そうなると、私は断言しよう」
「……七十九%なのに?」
「…………」
アーサーがこちらを見る。
「何です?」
「いや。二十一%残ってるなぁって」
「君は本当に細かいですね」
「そっちが数字を出したんでしょうが」
「ふっ」
隣から声がした。
レオンだ。
「ちょっと。今、笑ったでしょ?」
「笑ってない」
「《真眼》で自分を見てみたら?」
「無理を言うな」
今度はクロヴィスまで肩を震わせる。
「クロヴィスさんも笑ってますよね?」
「いえいえ。私は何も」
「絶対笑ってる!」
さっきまで重かった空気が、ほんの少しだけ軽くなる。
私は小さく息を吐いて、もう一度前を向いた。
三人の兄弟が歩いている。
その背中は、まだどこか寂しそうだった。
きっと、すぐには変われない。
今日のことを笑って話せる日なんて、来ないのかもしれない。
それでも。
三人は今、同じ道を歩いている。
それなら――。
七十九%。
案外、悪くない数字なのかもしれない。
私は夕陽に染まる四元素の塔を、最後に一度だけ振り返った。
そして。
みんなのあとを追って、歩き出した。
第四の事件簿『殺意のない殺人』、最後まで読んでいただきありがとうございました。
途中で原稿が消えてしまったときは、本気で心が折れました。
一度書いたものを、もう一度最初から組み立て直すのは思っていた以上に大変で、しばらく更新できない期間もできてしまいました。
それでも、なんとか無事に最後まで書き終えることができました。
ここまで待っていてくださった方、そして続きを読んでくださった方には、本当に感謝しています。
現在、第五の事件簿はすでに書き終えていて、今は第六の事件簿を書き進めています。
少しずつではありますが、物語はまだまだ続いていきます。
これからもミサキたちの事件簿に付き合っていただけたら嬉しいです。
ここまで読んで面白かったと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。
それでは、また次の事件簿で。




