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証拠は嘘をつかない。異世界科捜研の事件簿  作者: 猫ネコユズキ


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第四の事件簿 Episode 7 残された痕跡

 三人への事情聴取を終えたあと、私たちは事件現場となった塔へ向かった。


 私とレオン、クロヴィス、そしてアーサーの4人で。


 四元素の塔。


 四兄弟が力を合わせ、四つの試練を突破した場所。


 そして、一か月ほど前にイグナートさんが命を落とした場所でもある。


 《真眼》では、三人ともイグナートさんを殺していないと本心から答えている。


 一方、《審理》では、テリオンさんが最も事件に深く関わっていると示された。


 だったら――。


 残された証拠を、自分の目で確かめるしかない。


 塔の中へ入り、私たちは一階の小部屋へ向かった。


「ここが……イグナートさんが亡くなった場所」


「ええ」


 アーサーが答える。


「私も何度か調べましたが、決定的なものは見つけられませんでした」


 私は部屋の中をゆっくりと見回した。


 事件から一か月ほどが経っている。


 遺体はすでに運び出され、部屋も清掃されていた。壁や床も、修復できるところは直されている。


 一見しただけでは、ここで人が亡くなったとは思えない。


「イグナートさんが倒れていたのは?」


「この辺りです」


 アーサーが床の一角を示した。


「目立った外傷はなかったんですよね?」


「ええ。手にいくつか傷があった程度です」


 アーサーは淡々と続ける。


「死因につながるような傷ではありませんでした」


「手の傷……」


 私は小部屋をもう一度見回した。


 目で見ただけでは、何も分からない。


 だったら――。


「《科捜研》」


 視界が変わった。


「……あ」


 黄色。


 そして――青。


 二つの色の光が、小部屋のあちこちに浮かび上がっている。


「黄色だけじゃない」


「青も見えるのか?」


 レオンが尋ねる。


「うん」


 私は頷いた。


 黄色は、肉眼では見落としてしまうような微細な痕跡。


 そして青は、清掃などによって消されてしまった血痕の残滓。


 第三の事件で初めて見えた、新しい色だ。


「これなら……まだ調べられるかも」


「我々には見えないものが、あなたには見えているわけですか」


 アーサーが興味深そうに私を見る。


「はい。何の痕跡かまでは、調べてみないと分かりませんけど」


「なるほど」


 アーサーは小さく頷いた。


「では、私は余計な先入観を与えない方がよさそうですね」


 そう言いながらも、その目は私の視線の先を追っている。


 私は一つずつ光を追っていった。


 床。


 壁。


 そして、鉄扉。


「……ここ」


 鉄扉の前で足を止める。


 取っ手の周辺に、青い光が残っていた。


 一か所だけじゃない。取っ手から少し離れた場所にも、点々と青い反応がある。


「何か拭き取られてる……?」


「事件後に清掃されていますからね」


 アーサーが答える。


 すると、クロヴィスが鉄扉を覗き込んだ。


「確か、報告書ではこの辺りに血が付着していたはずですね」


「血?」


 私が聞き返す。


「ええ。イグナートさんの手にも傷があったと記録されています」


 クロヴィスはそう言ってから、ふと思い出したように顔を上げた。


「あ、そういえば」


「どうしました?」


「以前、瑠璃蛍には血に反応する性質があるとお話ししましたよね?」


「はい」


「その性質を何かに使えないか、試作品を作っているという話も」


「あ……言ってましたね」


「それが、これです」


 そう言って、クロヴィスは小さな容器を取り出した。


「瑠璃蛍から抽出した成分を液体にしたものです。血液が残っていれば反応するはずです。まだ試作段階ですが」


「もう形になってたんですか?」


「一応は。ちゃんと使えるかどうかは、これからですけどね」


 クロヴィスがどこか楽しそうに容器を眺める。


「血液だけに反応するのですか?」


 アーサーが、クロヴィスの持つ小さな容器へ視線を向けた。


「今のところは、その性質を利用しています。ただ、まだ試作品ですから断言はできませんよ」


 クロヴィスが容器を軽く持ち上げながら答える。


「なるほど。だから実際の痕跡と照合する必要がある、と」


 アーサーは納得したように頷いた。


「そういうことです」


 クロヴィスは、どこか楽しそうに笑った。


 そして、鉄扉の青く光っている辺りへ、抽出液をシュッと吹きかけた。


 しばらく待つ。


「……あ」


 鉄扉の表面に、ぽつり、ぽつりと瑠璃色の光が浮かび上がった。


 取っ手の周りから、その少し上まで。


 拭き取られて目には見えなくなっていたものが、点々と瑠璃色の光を放っている。


「反応しましたね」


 クロヴィスが瑠璃色の光を見つめる。


「じゃあ、やっぱりここに血が……」


 私は取っ手の周辺へ顔を近づけた。


「ええ。血液が付着していたと考えてよさそうです」


 クロヴィスが頷く。


 その隣で、アーサーも瑠璃色の光を目で追っていた。


「報告書にあった血痕より、範囲が広いですね」


「清掃前には、もっと残っていたのかもしれません」


 私は、点々と残る瑠璃色の光を見つめた。


 イグナートさんの手にあった傷。


 そして、鉄扉に残された血。


「この扉を……開けようとしてた?」


 閉じ込められたあと、何度も扉を開けようとした。


 そのときに手を傷つけたのだとしたら、遺体に残っていた傷とも辻褄が合う。


「その可能性は高そうですね」


 アーサーが扉を見る。


「少なくとも、彼がここから出ようとしていたことは間違いなさそうだ」


「でも、開かなかった……」


 ウェインさんとマリウスさんが来たときも、この鉄扉は二人がかりでも開かなかった。


 鍵はない。


 今なら軽く押すだけで開く。


「なんで……?」


 アーサーが扉へ手を添える。


「それは、私にも分かりません」


 軽く押すと、鉄扉は何の抵抗もなく動いた。


「事件当時、この扉に壊れた形跡はありませんでした。鍵もかかっていない。それなのに開かなかった」


「そこも、何か理由があるってことですよね」


 私が言うと、アーサーは静かに頷いた。


「そう考えるべきでしょう」


 まだ答えは出ない。


 私はその疑問を頭の隅へ置き、再び小部屋を調べ始めた。


 すると、壁の一角に黄色い光が見えた。


「ここ……」


 近づいて確認する。


 さらに別の場所にもある。


 壁だけじゃない。床にも黄色い光が残っていた。


「一か所じゃない……」


 私は光を追っていく。


「この辺りは、事件のあとに修復されていますね」


 アーサーが壁を見る。


「確か、炎魔法による焼損が数か所あったはずです」


「焼け跡……」


 テリオンさんの証言を思い出す。


 最初の一発は威嚇。


 そして、さらに大きな炎を使おうとしたため、テリオンさんは土壁を作って逃げた。


 でも――。


「多い……」


 私は黄色い光を一つずつ見ていく。


 壁。


 床。


 そして、土壁が作られていた場所の周辺にも。


「テリオンさんが逃げたあとも、イグナートさんは炎魔法を使ってた……?」


「何のために?」


 レオンが尋ねる。


 私は、土壁があった場所を見る。


「ここから出るため……かな」


 鉄扉は開かない。


 反対側は土壁で塞がれている。


 閉じ込められたイグナートさんが、自分の炎魔法で土壁を壊そうとした。


 そう考えれば、複数の焼け跡にも説明がつく。


「なるほど」


 アーサーも土壁があった場所へ視線を向けた。


「テリオンが去ったあとにも炎を使ったのだとすれば、証言だけでは分からなかった行動があったことになりますね」


「うん」


 でも。


 それがイグナートさんの死と、どう繋がる?


「鉄扉の向こうも見てみよう」


 私は鉄扉を押し開け、階段側へ出た。


 《科捜研》を使ったまま、鉄扉の外側を見る。


「……ん?」


 腰くらいの高さ。


 鉄扉を横切るように、黄色い光が線状に伸びていた。


「なんだろ、これ……」


 光っている部分を指先でそっと触ってみる。


 白っぽい粉のようなものが、わずかに指先に付いた。


「何か残ってる」


 クロヴィスも近づいてくる。


「水に含まれていた成分が、乾いて残ったものかもしれませんね」


「水……」


 私は腰くらいの高さに伸びる黄色い線を目で追った。


「マリウスさん、人を押し流すくらいの水魔法を使ったって言ってたよね」


「ああ」


 レオンが頷く。


「それだけの水が階段を流れてきたなら……一時的にこのくらいまで水位が上がっても、おかしくないか」


 私は鉄扉に残された線を見つめた。


「しかし、ウェインとマリウスが下りてきたときには、足元が濡れている程度だった」


 アーサーが証言を思い返すように言う。


「うん。でも、それは二人が来たときの話です」


「その前は、もっと多くの水が溜まっていた可能性がある、と?」


「たぶん」


 私は線の高さを見る。


 ここまで水が溜まっていた。


 その事実を頭に入れておく。


 血の痕跡。


 開かなかった鉄扉。


 複数の炎魔法の跡。


 そして、腰ほどの高さまで溜まっていた水。


 それぞれの痕跡は見つかった。


 だけど――まだ繋がらない。


「うーん……」


 私は腕を組んだ。


 何かを見落としている気がする。


 そもそも――。


「クロヴィスさん」


「はい?」


「ちょっと聞いてもいいですか?」


「もちろん」


「そもそも……魔法って、どういうものなんですか?」


「どういうもの、とは?」


 クロヴィスが首を傾げる。


「例えば、テリオンさんの土魔法。作った壁は一時間くらいすると元に戻るんですよね?」


「ええ」


「どうして元に戻るんですか?」


 クロヴィスが少しだけ考えてから答えた。


「魔法は、ゼロから一を生み出しているわけではないからです」


「ゼロから一?」


「ええ。土魔法なら、何もない場所から土を作り出しているわけではありません。元々そこにある土や石に魔力を作用させ、形を変えているんです」


「だから、魔力の効果が切れたら元に戻る?」


「その通りです」


「じゃあ、水魔法は?」


「水も同じです。何もないところから生み出しているわけではありません。周囲に存在する水分を集め、それを操ります」


「風は?」


「空気ですね。周囲の空気を動かして風を生み出します」


「全部、元々あるものを使ってるんだ……」


 私は腕を組んだまま考える。


 土。


 水。


 風。


 魔法は、ゼロから一を作るものじゃない。


 元々そこに存在するものに、魔力を作用させる。


「魔法そのものの仕組みを疑っているのですか?」


 アーサーが私を見る。


「ううん。たぶん、逆です」


「逆?」


「仕組みが分かれば、ここで起きたことも分かる気がして」


 アーサーは何も言わず、続きを待った。


 そのとき。


 視界の端で、何かが揺らいだ。


「……ん?」


 壁に掛けられた松明だった。


 小さな炎が、ゆらりと揺れている。


 私は何となく、その炎を見つめた。


 土。


 水。


 風。


 そして――。


「……あれ?」


「どうしました?」


 クロヴィスが尋ねる。


「クロヴィスさん」


 私は松明を指さした。


「火の魔法って……?」


「もちろん、火魔法も同じですよ」


「同じ……」


「何もないところから炎を生み出しているわけではありません。火種と、燃焼に必要なもの。それらに魔力を作用させています」


「燃焼に……必要なもの……」


 私はもう一度、松明を見る。


 ゆらゆらと揺れる炎。


 火が燃えるために必要なもの。


 前の世界では、当たり前に知っていた。


 空気の中にある――。


「…………」


 私は小部屋を振り返った。


 窓のない、小さな石室。


 片方の出口は土壁。


 もう片方は、開かなかった鉄扉。


 そして。


 壁や床に残っていた、いくつもの炎魔法の痕跡。


「……まさか」


「ミサキ?」


 レオンが私を見る。


 アーサーも、私の表情が変わったことに気づいたらしい。


「何か繋がりましたか?」


 頭の中で、バラバラだったものが繋がり始めていた。


 まだ仮説にすぎない。


 でも。


 もし、この考えが正しいなら。


 イグナートさんが、ほとんど傷もないまま死んでいた理由も。


 あの鉄扉が開かなかった理由も。


 説明できるかもしれない。


「レオン」


「なんだ?」


「確かめたいことがある」


 私は小部屋を見つめた。


「何をするつもりです?」


 アーサーが尋ねる。


 私は小部屋の中央へ視線を戻した。


 事件の日。


 ここで何が起きたのか。


 それを確かめるために――。


「もう一度、あの日と同じ状況を作ってみたい」

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