第四の事件簿 Episode 6 最後に残った男
ウェインさんとマリウスさんが部屋を出てから、少しして。
入れ替わるように、一人の男性が入ってきた。
「テリオン・グランドルです」
落ち着いた声だった。
けれど、その顔には疲れが滲んでいる。
次男、テリオン・グランドル。
土魔法の使い手。
そして――。
イグナートさんと最後に行動をともにしていた人物。
現時点で、最も疑われている男。
「何度も同じことを聞かれているとは思います」
私は言った。
「でも、もう一度だけ聞かせてください」
「構いません」
テリオンさんは静かに椅子へ腰を下ろした。
「事件の日」
アーサーさんが口を開く。
「ウェインさんとマリウスさんが二階に残ったあと、あなたはイグナートさんと一緒に一階へ下りた」
「はい」
「どうしてですか?」
「これ以上、あそこにいるのは危険だと思ったからです」
「危険?」
「兄弟喧嘩で済む状況ではなくなっていました」
テリオンさんは一度、目を伏せた。
「ウェインが風魔法を使い、マリウスも水魔法を使った。兄も完全に頭に血が上っていました」
「それで?」
「兄に言いました。『もういい。ここを出よう』と」
「イグナートさんは?」
「最初は拒みました」
テリオンさんが小さく息を吐く。
「ですが、最終的には私と一緒に階段を下りました」
「一階へ?」
「はい」
「階段を下りると、鉄扉があるんですよね?」
「ええ。その先が小部屋です」
「扉は普通に開いた?」
「はい」
私は少し引っかかった。
ウェインさんとマリウスさんが来たときには、二人がかりでも開かなかった鉄扉。
でも、この時点では普通に開いた。
「そのまま小部屋へ?」
「はい」
テリオンさんの表情が僅かに強張った。
「そこで、兄が私に言いました」
「何と?」
少し間が空いた。
「『テリオン。お前もあいつらと同じで、俺が魔法書を持ち帰ることに反対なのか』と」
「あなたは?」
「反対だと答えました」
「どうして?」
「あの魔法書は、兄一人の力で手に入れたものではありません」
テリオンさんは静かに続ける。
「兄の炎も、私の土も、ウェインの風も、マリウスの水も必要だった」
その言葉には迷いがなかった。
「四人で協力したからこそ、最上階まで辿り着けたんです。それは兄も分かっているはずだ、と」
「イグナートさんは?」
「怒りました」
テリオンさんの表情が曇る。
「『また、そんな甘いことを言うのか、お前も』と」
「それで?」
「兄が、炎魔法を放ちました」
「あなたに向けて?」
「……最初の一発は、私のすぐ横を通りました」
「外した?」
「おそらく、威嚇だったのだと思います」
「最初の一発、ということは……」
「それで終わらなかったんです」
テリオンさんの声が少し低くなる。
「兄は、今度は先ほどよりも大きな炎を放とうとしました」
「詠唱を?」
「はい」
「それで?」
「危険だと思いました」
テリオンさんの両手が、膝の上で強く握られる。
「咄嗟に土魔法を使って炎を防ぎ、そのまま小部屋から逃げました」
「その土魔法で?」
アーサーさんが確認する。
「出口を塞いだ?」
「……はい」
「イグナートさんを中に残して?」
「はい」
部屋の空気が重くなった。
「閉じ込めた、ということですね」
「結果としては、そうなります」
「なぜ、そのままにしたんですか?」
「閉じ込めるつもりではありませんでした」
テリオンさんが顔を上げる。
「小部屋の反対側には、今通ってきた鉄扉があります。鍵もかかっていません」
「つまり、そちらから出られると思った?」
「はい」
「それに……」
テリオンさんは続けた。
「私の土魔法は、ずっと残るわけではありません」
「どのくらいで消えるんですか?」
「一時間ほどです」
一時間。
私は思わず顔を上げた。
ウェインさんとマリウスさんが、二階に残っていた時間とほとんど同じだ。
「時間が経てば壁は元に戻る」
テリオンさんが言う。
「その頃には兄も頭を冷やしているだろう。そう思いました」
「それで、一人で塔を出た?」
「はい」
「外には?」
「父上が待っていました」
「ローデリックさんに、何があったか話しましたか?」
「はい」
「全部?」
「魔法書を巡って言い争いになったこと。ウェインとマリウスが兄に魔法を使ったこと」
テリオンさんは一度言葉を切った。
「そして、私も兄と口論になり、土壁で小部屋の出口を塞いで先に出てきたことも」
「ローデリックさんは?」
「……呆れていました」
テリオンさんが苦笑する。
「当然でしょう。四人で試練に挑んでおきながら、最後には魔法書を巡って争ったんですから」
「それから?」
「父上と一緒に、三人が出てくるのを待ちました」
「そこへ、ウェインさんとマリウスさんが?」
「はい」
テリオンさんの表情が変わった。
「二人とも、ひどく慌てていました」
「何と?」
「兄が……小部屋で倒れている、と」
テリオンさんは目を伏せた。
「父上や使用人たちと、すぐに塔へ戻りました」
「そこでイグナートさんを?」
「はい」
短い返事だった。
これで三人の話は繋がった。
ウェインさんとマリウスさんが二階に残った。
テリオンさんとイグナートさんは一階へ。
小部屋で再び口論になった。
イグナートさんが炎魔法を使い、テリオンさんは土魔法で防いだ。
そして――。
イグナートさんを小部屋に残したまま、一人で塔を出た。
状況だけを見れば。
一番疑わしいのは、やっぱり――。
「テリオン」
それまで黙って話を聞いていたレオンが口を開いた。
テリオンさんが顔を上げる。
「最後に一つだけ確認する」
「はい」
レオンは真っ直ぐにテリオンさんを見た。
「お前は、イグナートさんを殺してはいないんだな?」
「はい」
テリオンさんは迷わず答えた。
「兄を殺していません」
「殺すために、あの土壁を作ったわけでもない?」
「違います」
テリオンさんはレオンの目をまっすぐに見返した。
「私は、兄から逃げたかっただけです」
レオンは、その顔をじっと見つめていた。
《真眼》。
少しして――。
レオンが私を見る。
小さく頷いた。
「……嘘ではない」
「テリオンさんも……?」
「ああ」
ウェインさんも。
マリウスさんも。
そして、テリオンさんも。
三人とも――。
イグナートさんを殺していないと言っている。
そして、その言葉に嘘はない。
「興味深いですね」
アーサーさんが静かに言った。
「でも」
私はアーサーさんを見る。
「これで、テリオンさんも違うってことじゃ……」
「いいえ」
アーサーさんは首を横に振った。
「《真眼》が見ているのは、その人間が嘘をついているかどうかなのでしょう?」
「そうだけど」
「本人が、自分の行動が相手の死を招いたと知らなければ?」
「……え?」
「人は本心から、『自分は殺していない』と答えることができます」
言われて、私は言葉を失った。
確かに。
自分が殺したと認識していなければ。
その言葉は、本人にとっては嘘じゃない。
「つまり」
アーサーさんがテリオンさんを見る。
「《真眼》で嘘ではないと判定されたからといって、事件への関与まで否定されたわけではない」
「…………」
「状況は変わりません」
アーサーさんは指を一本立てる。
「イグナートさんと最後に二人きりだったのは、テリオンさん」
二本目。
「直前に口論している」
三本目。
「そして、土壁で小部屋の出口を塞いだ」
最後に、テリオンさんを見る。
「その後、イグナートさんは死亡した」
テリオンさんは何も答えなかった。
アーサーさんは静かに目を閉じる。
「……これで、必要な情報は揃いました」
「必要な情報?」
私が聞き返す。
アーサーさんは答えず、小さく息を吸った。
「《審理》」
その瞬間。
アーサーさんの雰囲気が、ほんの少し変わった気がした。
「……今のは?」
「私のスキルです」
「スキル?」
「《審理》」
アーサーさんは淡々と答える。
「事件について得られた情報から、それぞれの人物が事件に関与している可能性を数値として見ることができます」
「数値……?」
「ええ」
私は思わずテリオンさんを見る。
「じゃあ今、三人の証言を全部聞いた上で……?」
「使いました」
「結果は?」
少しの沈黙。
そして。
アーサーさんが答えた。
「最も高いのは――テリオン・グランドル」
テリオンさんの表情が強張る。
「やっぱり……」
思わず声が漏れた。
「私の《審理》は、彼が最も事件に深く関わっていると示しています」
「でも」
レオンが口を開いた。
アーサーさんが振り返る。
「テリオンは嘘をついていない」
「それは先ほど聞きました」
「ウェインも、マリウスもだ」
レオンは淡々と続ける。
「三人とも、イグナートさんを殺していないと言った。その言葉に嘘はない」
「だからといって、犯人ではないとは限らない」
「《審理》が間違っている可能性もあるだろ」
部屋の空気が変わった。
アーサーさんが、わずかに目を細める。
「あなたの《真眼》も同じでは?」
二人の視線が交わる。
《真眼》では――。
三人とも嘘をついていない。
《審理》では――。
テリオンさんが最も疑わしい。
どちらかが間違っている?
そう思った。
でも――。
本当に、そうなんだろうか。
私は机の上に置かれた検死記録へ目を落とした。
外傷は、ほとんどない。
毒でもない。
病気でもない。
それなのに――。
イグナートさんは死んでいる。
私は三人の証言を、頭の中でもう一度並べた。
ウェインさんの風。
マリウスさんの大量の水。
階段を流れ落ちた水。
開かなかった鉄扉。
扉の向こうから聞こえた、何かが動く音。
イグナートさんが放った炎。
それを防いだ土。
そして――。
一時間ほどで消える土の壁。
何かが、繋がりそうな気がする。
でも。
まだ足りない。
「……塔を見たいです」
気づけば、そう口にしていた。
クロヴィスさんが私を見る。
「現場を?」
「はい」
私は頷いた。
「イグナートさんが亡くなった小部屋を、自分の目で見てみたいです」
アーサーさんが、わずかに口元を上げた。
「なるほど」
椅子の背にもたれながら、こちらを見る。
「証言ではなく、今度は現場ですか」
「はい」
《審理》。
《真眼》。
その二つだけでは、まだ答えが出ない。
だったら――。
残された証拠を探す。
事件から一か月。
イグナートさんが最後にいた場所。
四元素の塔。
そこに、まだ何かが残っているかもしれない。
証言だけでは見えなかった――。
あの日の痕跡が。




