第四の事件簿 Episode 3 四人の兄弟
魔法研究院を出た私たちは、グランドル家へ向かう馬車に乗っていた。
向かいにはレオンとアーサー。
隣にはクロヴィス。
王都に着いたばかりのときなら、窓の外を流れていく店や人の多さに夢中になっていたと思う。
でも今は、それよりも気になることがあった。
「グランドル家って、どういう家なんですか?」
「王国でも古い歴史を持つ貴族の一つです」
クロヴィスが答える。
「代々、優秀な魔法使いを輩出してきた家系でもあります。現当主はローデリック・グランドル。彼には四人の息子がいます」
「イグナートさんと、その弟さんたちですね」
「ええ」
クロヴィスが頷いた。
「長男がイグナート。次男がテリオン。三男がウェイン。そして末弟がマリウスです」
「四人とも魔法使いなんですか?」
「それも、見事に属性が分かれていましてね」
クロヴィスが指を一本立てる。
「長男イグナートが《火》」
二本目。
「次男テリオンが《土》」
三本目。
「三男ウェインが《風》」
そして四本目。
「末弟マリウスが《水》です」
「地、水、火、風……」
思わず呟く。
四兄弟で、四つの属性。
「なんか、すごいですね」
「珍しい例ではありますね」
「魔法の実力は?」
私が尋ねると、今度はアーサーが口を開いた。
「最も優れていたのはイグナートだ」
「長男の?」
「ああ。魔力量、扱える術の強さ、技術。いずれも兄弟の中では頭一つ抜けていたそうだ」
「じゃあ、次に当主になるのもイグナートさんだったんですか?」
「本来なら、その可能性が最も高かったでしょう」
クロヴィスが答える。
「本来なら?」
「問題は、魔法の才能だけで当主を決められるわけではないということです」
アーサーが窓の外へ目を向けたまま言った。
「イグナートは、少々人を選ぶところがあった」
「人を選ぶ?」
「魔法の才能や身分を重く見る男だったそうです。自分より劣ると判断した者には、かなり厳しく接することもあったとか」
「……なるほど」
「協調性にも欠けるところがあったようですね」
クロヴィスが付け加える。
魔法の才能は抜群。
でも、人の上に立つ者としては問題がある。
「じゃあ、他の三人は?」
「次男のテリオンは、魔法の才能では兄に多少劣ります」
「ですが、評判は悪くない」
アーサーが続ける。
「むしろ逆だ。使用人や領民から慕われている。温厚で、面倒見もいいそうだ」
「へえ……」
私はアーサーを見る。
「そんな人を犯人だと思ってるんですか?」
「人柄と、事件を起こしたかどうかは別問題だ」
即答だった。
「優しい人間は殺人を犯さない。そんな決まりはないだろう?」
「……まあ、そうですけど」
「それに、普段温厚な人間だからこそ、強い感情を抱いたときに何をするかは分からない」
「強い感情?」
「事件の前から、テリオンとイグナートの関係が良好だったとは言い難い。使用人たちにも話を聞いたが、弟たちがイグナートに不満を抱いていたことは間違いないようだ」
「もう、そこまで調べてるんですね」
「探偵ですから」
さらりと言われた。
「ただし、それだけでテリオンが犯人だと?」
レオンが尋ねる。
「まさか」
アーサーは小さく笑った。
「人間関係は一つの材料に過ぎません。だからこそ、今日は本人たちの話を聞く為に向かっているだろ?」
やっぱり、この人。
ただ自信満々なだけじゃないみたいだ。
「三男のウェインと末弟のマリウスは比較的仲が良かったそうです」
クロヴィスが話を戻した。
「二人とも、イグナートとは?」
「良好だったとは言い難いでしょうね」
「イグナートは弟二人に対して、少々きつく当たることがあった」
アーサーが言う。
「魔法についても、たびたび見下すような発言をしていたらしい」
「兄弟かぁ……」
四人の顔は、まだ知らない。
それでも少しずつ関係が見えてくる。
才能に恵まれた長男。
人望のある次男。
そして、長男からきつく当たられていた二人の弟。
「それで、どうして四人で塔なんかに?」
「後継者を決めるためです」
「後継者?」
「ローデリック殿は、自分の跡を誰に継がせるか決めかねていました」
クロヴィスが説明する。
「そこで四人の息子に、一つの試練を与えたのです」
「それが、あの塔?」
「ええ」
「その塔って、どういう塔なんですか?」
ずっと気になっていた。
アーサーが言っていた、グランドル家が管理する古い塔。
そこでイグナートは死んだ。
「いくつかの試練が用意されている塔です」
「試練?」
「ええ。塔を登るには、それらを突破しなければならないそうです」
「四兄弟のために作られた塔なんですか?」
「いえ。塔そのものはかなり古いものです。グランドル家が代々管理してきた遺跡の一つですよ」
「今回は、それを試練に使ったということか」
レオンが言った。
「その通りです」
クロヴィスが頷く。
「最上階には何があったんですか?」
「一冊の魔法書です」
「魔法書……」
「グランドル家に古くから伝わるものです。ローデリック殿はそれを塔の最上階に置き、四人に持ち帰るよう命じた」
「それを持って帰った人が、次の当主?」
「少なくとも、息子たちはそう考えていたようですね」
クロヴィスの言い方が少し気になった。
「違うんですか?」
「それは、ローデリック殿本人に聞くべきでしょう」
「またそれ……」
この人、本当にすぐ答えを教えてくれない。
「ですが」
アーサーが口を開いた。
「四人は実際に最上階まで辿り着いた。そして魔法書も手に入れた」
「じゃあ、試練は成功したんですね」
「行きは、な」
「行きは?」
アーサーがこちらを見る。
「問題が起きたのは帰りだ」
馬車の空気が少し変わった。
「魔法書を手にしたのはイグナートだった」
「長男の……」
「ああ。そしてイグナートは、それを自分のものだと主張した」
「でも、四人で取ったんですよね?」
「弟たちも、そう考えたようだ」
嫌な予感がした。
「……揉めたんですか?」
「ええ」
クロヴィスが答える。
「塔を降りる途中で、兄弟同士の争いになったそうです」
「争い……」
「そこで複数の魔法が使われた」
アーサーが続ける。
「その後、イグナートは塔の一階と二階を繋ぐ場所にある小部屋で発見された」
「一人で?」
「ああ」
「そのときには、すでに?」
「亡くなっていた」
私は黙った。
四人で塔に入った。
試練を突破した。
魔法書を手に入れた。
そして帰り道で争いが起き――。
一人だけが死んだ。
「そのとき、テリオンさんは?」
私が尋ねる。
アーサーはすぐには答えなかった。
ほんの少しだけ口元を緩める。
「それをこれから本人に聞きに行く」
「……なるほど」
「先入観を持たずに話を聞きたいのだろう?」
「え?」
「さっきから、そういう顔をしている」
図星だった。
この人。
やっぱり、よく人を見ている。
「ですから」
アーサーは静かに続けた。
「私から事件当日の詳細をすべて話すのは、ここまでにしておきましょう」
私は小さく頷いた。
どうせなら、本人たちの口から聞きたい。
何を見たのか。
何をしたのか。
そして――何を思っていたのか。
「そろそろ着くぞ」
レオンの声に、窓の外を見る。
大通りから少し離れた先。
高い塀に囲まれた、大きな屋敷が見えてきた。
「あれが……」
「グランドル家です」
クロヴィスが答えた。
馬車がゆっくりと速度を落としていく。
私はもう一度、頭の中で四人の名前を思い返した。
イグナート。
テリオン。
ウェイン。
マリウス。
四つの属性を持つ、四人の兄弟。
そのうち一人は、もういない。
そしてこれから――。
残された三人に、あの日何があったのかを聞く。




