第四の事件簿 殺意なき殺人 プロローグ
第三の事件簿までお読みいただき、ありがとうございます。
今回から、第四の事件簿が始まります。
これまでミサキたちは、
残された証拠を手がかりに、
事件の裏に隠された真実を追ってきました。
でも今回、待っているのは少し不思議な事件です。
閉ざされた場所で、一人の男が命を落とした。
残された痕跡。
食い違う証言。
そして、それぞれが使った魔法。
いったい、あの場所で何が起きたのか。
今回も《科捜研》と、ミサキの前世の知識を頼りに、
一つずつ証拠を繋いでいきます。
ぜひ皆さんも、
ミサキたちと一緒に真相を推理してみてください。
それでは――
第四の事件簿、開幕です。
――出られない。
イグナートは鉄扉に両手をつき、力いっぱい押した。
「ぐっ……!」
開かない。
鍵が掛かっているわけではない。
それなのに、鉄扉はびくともしなかった。
肩を押しつけ、さらに力を込める。
「くそっ……!」
駄目だ。
まるで扉の向こう側から、何かに押し返されているようだった。
イグナートは鉄扉から離れ、反対側を振り返った。
こちらからも出られない。
「……テリオンめ」
吐き捨てる。
だが、こんなところで立ち尽くしているつもりはなかった。
なら――壊せばいい。
イグナートは片手を突き出した。
小さな火が生まれる。
次の瞬間、それは大きく膨れ上がった。
「燃えろ!」
轟音とともに炎が放たれる。
狭い小部屋が、一瞬、真昼のように明るくなった。
熱気が頬を撫でる。
しかし――。
「……ちっ」
駄目だ。
道は開かない。
もう一度。
イグナートは炎を放った。
轟音が響く。
それでも駄目だった。
「ふざけるな……!」
苛立ちが焦りへと変わっていく。
早くここを出なければ。
もう一度。
さらに、もう一度。
何度目だっただろう。
「……くそっ」
イグナートは壁に手をついた。
おかしい。
身体が重い。
この程度の魔法で疲れるはずがない。
頭の奥に靄がかかったように、思考がまとまらなかった。
足元も覚束ない。
「なんだ……?」
顔を上げる。
そこで初めて気づいた。
壁に掛けられた松明。
その炎が、いつの間にか小さくなっている。
ゆらり。
ゆらり。
今にも消えてしまいそうに、弱々しく揺れていた。
「……ちっ」
今はそんなこと、どうでもいい。
ここから出る。
それだけだ。
イグナートは再び手を掲げた。
炎を放つ。
だが、道は開かない。
「くそ……っ!」
鉄扉へ戻る。
両手をついて押した。
開かない。
もう一度。
「開け……!」
全身の力を込める。
それでも、鉄扉は動かなかった。
苛立ちのまま拳を叩きつける。
一度。
二度。
三度。
鈍い音だけが、小部屋の中に響いた。
手が痛む。
それでも構わず叩いた。
押した。
また叩いた。
ここから出なければ。
早く。
早く――。
「……っ」
突然、膝から力が抜けた。
鉄扉に手をつく。
立ち上がろうとする。
だが、身体が言うことを聞かない。
「なん……だよ……」
視界まで霞み始めていた。
床に何かが落ちる。
抱えていた魔法書だった。
イグナートはそれを見つめた。
あれほど欲しかったもの。
誰にも渡すつもりなどなかった。
これさえ持ち帰れば――。
そう思っていたはずなのに。
今はもう、どうでもよかった。
視界の端で、松明が揺れた。
小さく。
最後の力を振り絞るように。
そして――消えた。
暗闇が小部屋を包む。
「……嫌だ」
自分のものとは思えないほど、弱い声だった。
「こんな……ところで……」
もう、立ち上がることもできない。
「嫌だ……」
意識が遠ざかっていく。
「死にたく……ない……」
その声に答える者は、誰もいなかった。




