第三の事件簿 Episode 5 瑠璃色の告発
広間には、再び人々が集められていた。
夜会を彩っていた料理や酒はすでに下げられ、広間には招待客と屋敷で働く使用人たちだけが残っている。
突然帰宅を止められ、さらに使用人まで呼び集められたことで、あちこちから戸惑いの声が聞こえていた。
「何があったんだ?」
「アルヴェイン卿はどうされた?」
「最後の挨拶は?」
ざわめきが次第に大きくなる。
広間の前方には、エドガーとマーサ。
そしてレオンが立っていた。
ミサキは少し離れた場所で、小さな容器を両手に抱えている。
その中では、何匹もの瑠璃蛍が淡い黄色の光を放っていた。
やがてレオンが一歩前へ出る。
「皆、聞いてくれ」
騎士のよく通る声に、ざわめきが少しずつ収まっていった。
人々の視線がレオンへ集まる。
「まず、皆に伝えなければならないことがある」
一拍置く。
「この屋敷の主人、ヴィクトル・アルヴェイン殿の行方が分からなくなっている」
広間が静まり返った。
次の瞬間。
「行方が?」
「どういうことだ?」
「先ほどまでいらしたではないか」
一気に声が上がる。
レオンはその反応が収まるのを待ってから続けた。
「アルヴェイン殿は夜会の途中、自室へ戻ると言って広間を退出した。その後、最後の挨拶の時間になっても姿を現さなかった」
招待客たちの表情から笑みが消えていく。
「屋敷の者たちに捜索してもらったが、現在まで発見できていない。正門から屋敷を出た姿を見た者もいない」
「では、まだ屋敷の中に?」
誰かが尋ねる。
「分からない」
レオンは短く答えた。
「ただし、もう一つ分かったことがある」
その言葉に、エドガーの表情が強張った。
ミサキも無意識に容器を握り直す。
「アルヴェイン殿の部屋から、血が流れた痕跡が見つかった」
今度こそ、広間が大きくざわめいた。
「血だと?」
「まさか……」
「何か事件が?」
「静かに」
レオンの一言で、再び声が小さくなる。
「まだ何が起きたのかは断定できない。アルヴェイン殿の安否も確認できていない」
レオンは広間に集まった人々を見渡した。
「だからこそ、ここにいる全員に協力してもらいたい」
視線がミサキへ向く。
合図だった。
ミサキは一歩前へ出た。
「私たちが見つけた血は、綺麗に拭き取られていました」
何人かが首を傾げる。
「拭き取られていたのに、なぜ血だと?」
もっともな疑問だった。
「これを使いました」
ミサキは手にしていた容器を見せる。
中では、小さな黄色い光がいくつも揺れている。
「瑠璃蛍……?」
誰かが呟いた。
「この蛍は、血に反応します」
ミサキがそう告げた瞬間、広間がざわついた。
「血に……?」
「瑠璃蛍にそんな性質が?」
驚いたように容器を覗き込む者。
隣の者と顔を見合わせる者。
中には、信じられないという表情を浮かべる者もいる。
無理もない。
つい先ほどまで庭を幻想的に彩っていた蛍が、血に反応するなど、ミサキ自身も知らなかったのだから。
「血のある場所へ寄っていって、瑠璃色に光るんです」
ざわめきが、さらに広がった。
「ヴィクトルさんの部屋でも、この蛍が反応しました」
その一言で。
人々の声が、少しずつ消えていく。
そこまで話してから、ミサキはレオンを見る。
レオンが小さく頷いた。
「血を拭き取った人。それか、血を流しているヴィクトルさんを運んだ人がいるなら……」
ミサキは広間に集まった人々を見る。
「その人にも、まだ血が残っているかもしれない」
空気が変わった。
先ほどまでの驚きとは違う。
広間にいる誰もが、ようやく理解したのだ。
これから何をするのかを。
「だから、少しだけ協力してください」
ミサキは容器の蓋に手をかけた。
そして――。
開ける。
一匹。
また一匹。
淡い黄色の光が、容器から飛び出した。
瑠璃蛍たちはゆっくりと広間へ広がっていく。
頭上を舞い。
人々の間を抜け。
煌びやかな夜会の広間を、黄色い光で満たしていく。
「綺麗……」
誰かが思わず呟いた。
確かに。
何も知らなければ、幻想的な光景だった。
だが。
ミサキは蛍だけを見ていた。
一匹が方向を変えた。
続いて、もう一匹。
「あ……」
さらに一匹。
散らばっていた黄色い光が、少しずつ同じ方向へ向かい始める。
人々もそれに気づいた。
視線が蛍を追っていく。
一人の男が立っていた。
地味な服装。
日に焼けた顔。
男は、自分へ近づいてくる蛍を呆然と見ている。
そして。
一匹の光が――変わった。
黄色から。
青へ。
もう一匹。
さらにもう一匹。
男の周囲を舞う瑠璃蛍が、次々と深い瑠璃色へ染まっていく。
広間から音が消えた。
ミサキは男の顔を見る。
どこかで――。
見た。
そして思い出す。
昼間。
庭で。
フィオナが嬉しそうに手を振っていた。
――ハロルドー!
「……あの人」
ミサキの声が漏れる。
エドガーが目を見開いた。
「ハロルド……?」
庭師の男は――
何も答えなかった。




