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証拠は嘘をつかない。異世界科捜研の事件簿  作者: 猫ネコユズキ


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第三の事件簿 Episode 3 消えた主人


夜会は、終わりの時間を迎えようとしていた。


庭から広間へ戻ったミサキは、壁際に立ちながら小さく息を吐いた。


「結局、何も見つからなかったね」


隣に立つレオンにだけ聞こえる声で呟く。


「まだ終わってはいない」


「そうだけど……」


ミサキは広間を見回した。


華やかな衣装に身を包んだ招待客たち。


談笑する声。


楽団の奏でる穏やかな音楽。


どこを見ても、月欠けへ繋がるようなものはない。


「《真眼》でも何も分からない?」


「誰に何を聞く」


「あ……そっか」


《真眼》は、相手の言葉の真偽を見抜く。


だが、誰に何を問いかければいいのかまでは教えてくれない。


まさか招待客を一人ずつ捕まえて、


――月欠けの組織と関係がありますか?


などと聞いて回るわけにもいかない。


「こういう捜査って難しいね」


「ああ」


そのとき、楽団の演奏が静かに終わった。


広間に拍手が起こる。


招待客たちも、そろそろ夜会が終わることを察したらしい。


それぞれの会話を切り上げ、広間の中央へ視線を向け始める。


ミサキも姿勢を正した。


「そろそろ?」


「ああ。最後に主人から挨拶がある」


「ヴィクトルさん、戻ってきてないよね?」


ミサキは広間を見回す。


少し前、自室へ戻ると言って退出したヴィクトルの姿は、まだ見当たらなかった。


「すぐ来るだろう」


レオンが答える。


広間の入口では、執事長のエドガーも時計を確認していた。


だが――。


しばらく待っても、ヴィクトルは現れない。


招待客たちが再び小声で話し始める。


エドガーがわずかに眉を寄せた。


そして、近くにいたマーサを呼ぶ。


「マーサ」


「はい」


「旦那様はまだお部屋に?」


「確認してまいります」


マーサが広間を出ていった。


まだ、その場に緊張感はなかった。


主人の支度に少し時間がかかっている。


その程度にしか、誰も考えていなかったのだろう。


だが。


ほどなくして戻ってきたマーサの表情を見て、ミサキは何かがおかしいと感じた。


マーサはエドガーの耳元で何かを告げる。


「……いない?」


エドガーの声がわずかに漏れた。


「はい。お部屋にも、書斎にも」


「もう一度確認を」


「かしこまりました」


二人の様子に、レオンも気づいた。


「何かあったのか?」


エドガーが振り返る。


「ヴァルハルト様」


一瞬、迷うような表情を見せた。


だが、相手が騎士であることを思い出したのだろう。


声を落とす。


「旦那様のお姿が見当たりません」


「最後に確認したのは?」


「夜会の途中です。少しお休みになると仰って、お部屋へ向かわれました」


ミサキも覚えている。


ヴィクトルがエドガーへ、


――締めの挨拶までには戻る。


そう告げて広間を出ていった。


「屋敷を出た可能性は?」


レオンが尋ねる。


「考えにくいかと。何より、旦那様は今夜の主催者です。最後のご挨拶をなさらず、何も告げずに外出されるようなことはありません」


レオンの表情が変わった。


「エドガー」


「はい」


「使用人に屋敷内を捜させろ。ただし、まだ客には騒ぎを広げるな」


「かしこまりました」


「出入口にいた者にも確認を。アルヴェイン殿が屋敷を出たのを見た者がいないか聞いてくれ」


エドガーが頭を下げ、すぐに動き出す。


マーサも使用人たちへ指示を出した。


屋敷の中を、人が行き交い始める。


まだ楽団は静かな曲を奏でていた。


招待客たちの話し声も聞こえる。


華やかな夜会は続いている。


なのに。


ミサキには、さっきまでとはまるで違う場所に思えた。


「レオン」


「ああ」


「私、見たよ」


「何を?」


「ヴィクトルさんが広間を出ていくところ」


レオンがミサキを見る。


「一人だったか?」


「うん。エドガーさんと話したあと、一人で出ていった」


「その後は?」


「分からない。私も少しして庭に出ちゃったから」


レオンは少し考えた。


「まず部屋を見る」


「私も行く」


「ああ」


今度は止められなかった。


*


ヴィクトルの部屋は、綺麗に整えられていた。


机。


椅子。


本棚。


調度品。


一見しただけでは、何かが起きたようには見えない。


「争った跡は……ないね」


ミサキは部屋を見回した。


レオンは窓を確認する。


「鍵は?」


「内側からは掛かっていませんでした」


同行していたエドガーが答えた。


「旦那様がこちらへ戻られたことは間違いないの?」


ミサキが尋ねる。


「私は広間からお部屋へ向かわれるところまで確認しております」


「でも、その後は?」


「分かりません」


エドガーが首を振った。


レオンが部屋の奥まで確認する。


「他に出入口は?」


「ございます」


エドガーが部屋の奥を指した。


そこには、目立たない扉があった。


「使用人用の通路へ繋がっております。そこから屋敷の裏手へ出ることもできます」


「裏口……」


レオンが扉を開ける。


細い廊下が奥へ伸びていた。


「誰でも使えるの?」


ミサキが尋ねる。


「使用人であれば。ただ、旦那様ご自身が利用されることは滅多にありません」


レオンは通路へ視線を向けた。


「こちらも調べる」


「はい」


そのとき、廊下の向こうから一人の使用人が駆けてきた。


「エドガー様!」


「どうした」


「屋敷内を確認しましたが、旦那様はいらっしゃいません!」


「庭は?」


「捜しております。正門の者にも確認しましたが、旦那様がお出になった姿は誰も見ておりません」


エドガーの顔から、わずかに血の気が引いた。


主人がいない。


屋敷を出たところも、誰も見ていない。


それなのに――どこにもいない。


「……どういうこと?」


ミサキは思わず呟いた。


レオンは答えなかった。


再び部屋へ戻り、周囲を確認する。


ミサキも目を凝らした。


何かない?


何か――。


《科捜研》。


胸の中で強く意識する。


これまでも、この力は自分では気づけなかった小さな痕跡を教えてくれた。


けれど。


「……何もない」


黄色い光は、どこにも現れなかった。


「見えないのか?」


「うん」


ミサキは首を振る。


「何も」


足跡も。


落とし物も。


目につく汚れも。


そもそも――何を探せばいいのかすら分からない。


そのときだった。


「お父さま?」


小さな声が聞こえた。


ミサキが振り返る。


扉の向こうにフィオナが立っていた。


「フィオナ様!」


マーサが慌てて追いかけてくる。


「お部屋でお待ちくださいと申し上げたでしょう」


「だって……」


フィオナはヴィクトルの部屋を覗き込む。


「お父さま、どこ?」


誰も答えられない。


「もう、お客さん帰っちゃうよ?」


「フィオナ様……」


「お父さま、最後にご挨拶するって言ってたもん」


マーサが言葉に詰まった。


フィオナの顔から、少しずつ笑顔が消えていく。


「……お父さま?」


部屋へ入ってくる。


机の向こうを見る。


隣の部屋を覗く。


「いないの?」


「今、皆でお探ししております」


エドガーが穏やかに答えた。


「すぐ見つかる?」


「それは……」


ほんの一瞬。


エドガーが答えに詰まった。


それだけで十分だった。


フィオナの大きな瞳に、みるみる涙が溜まっていく。


「やだ……」


「フィオナ様」


「お父さま……」


マーサが抱き寄せようとする。


けれどフィオナは、その手をすり抜けてミサキのところまで走ってきた。


「ミサキ……」


小さな手が、ドレスを掴む。


「お父さま、見つけて……」


「フィオナ……」


「お願い……」


ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「お父さまに会いたい……!」


胸が締めつけられた。


昼間。


花壇の前で楽しそうに笑っていた女の子。


大好きな花を、嬉しそうに見せてくれた。


その子が今、自分の目の前で泣いている。


見つけてあげたい。


そう思った。


強く。


何が起きたのか分からなくても。


どこへ行ったのか分からなくても。


この子のお父さんを――。


見つけてあげたい。


ミサキはフィオナの手を握った。


「……うん」


そして、もう一度部屋を見た。


お願い。


何かあるなら。


どんなに小さなものでもいい。


私がまだ気づいていないものがあるなら――。


見せて。


その瞬間。


視界が、揺れた。


「……っ」


ミサキは目を瞬いた。


その直後。


頭の中へ、あの声が響いた。


『――条件を満たしました』


「……え?」


『固有スキル《科捜研》の成長を確認』


突然の声に、ミサキは息を呑む。


『第二段階――《青の痕跡》を解放します』


青の――痕跡?


声は、それ以上何も告げなかった。


「……青の痕跡?」


「どうした?」


レオンがミサキを見る。


「今、声が……」


言いかけて、ミサキの視線が床で止まった。


「……っ」


そこに――。


何かが見える。


光。


けれど。


「……黄色じゃない」


これまで見てきたものとは違う。


部屋の一角。


肉眼では何も見えないはずの床に、淡い光が浮かび上がっていた。


青。


深く、澄んだ――瑠璃色。


「……青い」


ミサキはゆっくりと、その場所へ近づいた。


しゃがみ込み、床を見る。


綺麗だった。


汚れなど、何もない。


それなのに。


ミサキの目には、その場所だけが青く光って見える。


「……何、これ」


《青の痕跡》。


声は、そう言った。


けれど――。


これが何を意味するのかは、何も教えてくれなかった。


その色を見つめた瞬間。


つい先ほど聞いた言葉が、頭をよぎった。


――戦場では、この蛍が瑠璃色に変わるそうですよ。


「戦場……」


なぜ、戦場で瑠璃色になる?


戦場にあって、この部屋には本来ないもの。


ミサキの表情が変わった。


「……まさか」

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