第三の事件簿 プロローグ 消せない痕跡
屋敷の広間から、華やかな音楽が聞こえていた。
弦楽器が奏でる軽やかな旋律。
時折、それに重なるように人々の笑い声が響く。
夜会は、まだ続いている。
窓の外では、庭を照らす灯りの間を縫うように、小さな光が舞っていた。
ひとつ。
ふたつ。
淡い黄色の光。
この地方では珍しくもない、瑠璃蛍だった。
穏やかな夜だった。
少なくとも――少し前までは。
「……嘘だろ」
返事はなかった。
倒れた男の頭の下から、赤いものがゆっくりと広がっていく。
「おい……」
震える声で呼びかける。
動かない。
ほんの少し、突き飛ばしただけだった。
殺すつもりなんてなかった。
こんなことになるなんて――。
遠くから、笑い声が聞こえた。
その声に、男の肩が跳ねる。
誰かが来る。
そう思っただけで、心臓が激しく脈打った。
「どうする……」
誰かを呼ぶ?
駄目だ。
そんなことをすれば、自分がここにいたことが知られる。
床へ広がっていく血を見つめる。
考えろ。
考えろ。
なんとかしなければ。
このままでは――。
男は震える手で、近くにあった布を掴んだ。
赤く濡れた床へ押し当てる。
拭う。
何度も。
何度も。
けれど、布が赤く染まっていくだけで、震える手は止まらなかった。
やがて床から、赤い色は消えた。
男は荒い息を吐きながら、その場所を見つめた。
何もない。
これなら――。
そう思った。
窓の外では、変わらず瑠璃蛍が舞っている。
淡い黄色の光が、夜の庭を静かに漂っていた。
広間からは、また大きな笑い声が聞こえた。
誰も知らない。
華やかな夜会のすぐそばで、一人の男が倒れていることを。
そして――
消したはずのものが、そこに残っていることを。




