第二の事件簿 エピローグ またね、エリー
馬車の窓から、リーヴェルの町が見えた。
エリシアは頬杖をつきながら、流れていく景色を眺めていた。
昨日までとは違う。
馬車の前後には騎士。
左右にも騎士。
さらに少し離れた場所にも、周囲を警戒する騎士たち。
「……多すぎない?」
思わず呟く。
「当然です」
向かいに座るレオンが答えた。
「殿下は誘拐されたばかりなのですよ」
「それは分かってるけど」
「王都まではこの警護体制です」
「……はい」
エリシアは小さく息を吐いた。
もう。
勝手に町を歩くことなど出来ないだろう。
少なくとも、しばらくは。
窓の外を見る。
あの日。
ここを歩いた。
王女ではなく。
ただのエリーとして。
焼きリンゴを食べて。
露店を見て。
リナと笑って。
ミサキと話した。
ほんの少しの時間。
それだけだった。
なのに。
三年間のテレジアでの生活とは、また違う。
不思議なくらい心に残っている。
「殿下」
「何?」
「そろそろです」
レオンの言葉に、エリシアは顔を上げた。
馬車が速度を落とす。
リーヴェルを出る門。
その手前。
道の脇に。
二人の少女が立っていた。
「……!」
エリシアは窓から身を乗り出した。
「ミサキ! リナ!」
馬車が止まる。
扉が開くより先に、エリシアは立ち上がった。
「殿下、お待ちください」
「少しくらいいいでしょう?」
「……」
「レオン?」
「五分です」
「ありがとう!」
馬車を降りる。
「エリー!」
リナが駆けてくる。
「リナ!」
二人は抱き合った。
「本当に……本当に無事でよかったです」
「心配かけてごめんなさい」
「もう、あんなことしちゃ駄目ですよ」
「……それは」
「駄目です」
「はい」
リナの勢いに押され、エリシアは笑った。
そして。
その後ろ。
ミサキが立っている。
「ミサキ」
「うん」
「……」
何を言えばいいのだろう。
ありがとう。
助けてくれて。
見つけてくれて。
血の跡に気づいてくれて。
言いたいことは、たくさんある。
「ありがとう」
結局。
出てきたのは、それだけだった。
ミサキが笑う。
「どういたしまして」
「私ね」
エリシアは自分の腕を見る。
傷はもうない。
あの後。
ようやく神聖魔法で治した。
「血を残しながら、本当に意味があるのかなって思ってた」
「うん」
「誰も気づかなかったらどうしようって」
「……うん」
「でも」
エリシアはミサキを見る。
「見つけてくれた」
ミサキが頷く。
「エリーが残してくれたからね」
「……」
胸が温かくなる。
あの時。
森の中で。
何もしないよりはまし。
ただそれだけで残した、小さな痕跡。
あの時の自分に教えてあげたい。
大丈夫。
ちゃんと。
届いたよ、と。
「殿下」
レオンの声。
「そろそろ」
「もう五分?」
「七分です」
「二分くらいいいじゃない」
「駄目です」
「レオンって意外と細かいのね」
「任務ですので」
ミサキが吹き出した。
リナも笑う。
エリシアも。
笑った。
「じゃあ……行くね」
「うん」
エリシアは馬車へ向かおうとして。
ふと、足を止めた。
「ねえ、ミサキ。リナ」
「なに?」
「また、会えるよね?」
ほんの少しだけ。
その声は、王女ではなく。
友達との別れを惜しむ少女のものだった。
「もちろんです!」
リナが笑う。
ミサキも頷いた。
「うん。また会おう」
「じゃあ――」
エリシアの表情が明るくなる。
「今度は王都に来て!」
「王都?」
「うん!」
エリシアは二人の手を取った。
「今日は二人にリーヴェルを案内してもらったでしょう?」
「まあ、そうだね」
「だから次は私の番」
少し得意そうに胸を張る。
「王都なら、私が案内してあげる!」
リナが目を輝かせた。
「行ってみたいです!」
「でしょ?」
「でもエリー」
ミサキが笑う。
「王女様が普通に案内して歩けるの?」
「……」
エリシアが固まった。
少し離れたところから。
「難しいでしょうね」
レオンが淡々と言った。
「レオン!」
「事実です」
「なんとかするもん」
「なんとかしないでください」
「もう!」
ミサキとリナが吹き出す。
エリシアもつられて笑った。
「とにかく!」
エリシアは二人を見る。
「約束だからね」
「うん」
「はい!」
「王都で待ってる」
エリシアは二人の手をぎゅっと握った。
そして。
今度こそ馬車へ向かう。
数歩進んで。
もう一度振り返った。
「あと!」
「まだあるの?」
「大事なこと!」
エリシアは大きく息を吸った。
「次に会った時も、エリシア殿下じゃなくて――」
笑う。
「エリーって呼んでね!」
リナが大きく頷いた。
「はい!」
ミサキは手を振った。
「当たり前でしょ!」
「またね!」
「またね、エリー!」
その言葉を聞いて。
エリシアは満足そうに笑い、馬車へ乗り込んだ。
◇
馬車が動き出す。
窓の向こう。
二人の姿が少しずつ小さくなっていく。
エリシアは、見えなくなるまで手を振った。
やがて。
町が遠ざかる。
リーヴェルで過ごした時間は、ほんの僅かだった。
王女として生きてきた時間に比べれば。
きっと。
一瞬にも満たない。
それでも。
あの日。
エリシア・ソラリスは。
王女ではなく。
ただのエリーとして。
二人の友達と町を歩いた。
そして。
命をつないだ小さな血の跡の先で。
その友達は、自分を見つけてくれた。
「……また会えるかな」
小さく呟く。
向かいのレオンが答えた。
「会えますよ」
「どうして分かるの?」
「殿下なら、また勝手に城を抜け出しそうですから」
「……レオン」
「冗談です」
「あなたも冗談言うのね」
「たまには」
エリシアは笑った。
窓の外。
道は王都へ続いている。
そこへ戻れば。
第三王女エリシア・ソラリスとしての日々が、また始まる。
父がいる。
母がいる。
エディ兄様。
セオ兄様。
三年ぶりの家族。
会いたい。
話したいことも、たくさんある。
テレジアのこと。
リーヴェルのこと。
そして。
不思議な女の子のこと。
小さな痕跡を見つけて。
自分を助けに来てくれた。
ミサキという友達のことを。
馬車は。
ゆっくりと王都へ向かっていった。
◇
その頃。
王都アルディア。
ソラリス王城。
「――エリシア殿下の身柄は無事確保されました」
報告を受けた男は。
静かに目を閉じた。
「そうか」
「ベルグレイヴ卿は拘束。襲撃に関わった者たちも、順次取り調べを受けています」
「……分かった」
男は窓の外を見る。
王都の向こう。
遠く。
リーヴェルのある方角へ。
「エリー……」
その呼び方は。
王女に対するものではなかった。
家族の声だった。
安堵したように。
ほんの僅かに笑う。
だが。
机の上には。
もう一枚の報告書が置かれていた。
そこに記されている言葉。
――月欠けの紋章。
男の表情から。
笑みが消えた。
「……また、か」
誰にも聞こえないほど小さな声。
窓から差し込む夕日が。
報告書の文字を赤く染めていた。
第二の事件も
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
初めての小説、初めてのことばかりで
戸惑いながら書き進めております。
今後の創作活動の糧になりますので、
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次話もよろしくお願いいたします。




