第二の事件簿 Episode 7 決着
二つの剣が、同時にレオンへ迫った。
右――オスカー。
左――幻影。
レオンは一歩下がる。
ガキン――!
右からの剣を受け止める。
直後。
左から剣閃。
身体を沈める。
頭上を刃が通り過ぎた。
レオンは地面を蹴った。
狙うのは――オスカー。
「やはり俺か!」
オスカーが笑う。
剣と剣がぶつかる。
一撃。
二撃。
三撃。
互いに譲らない。
「昔と同じだな、レオン!」
「何?」
「お前の《真眼》なら、本物の俺が分かる!」
オスカーが剣を振り下ろす。
レオンが受ける。
「だから幻影など無視すればいい!」
背後。
幻影が迫る。
レオンは横へ跳んだ。
剣が地面を叩く。
土が跳ねた。
「だが今は違う!」
オスカーが追撃する。
「無視できないだろう!」
確かに。
昔の《幻影》なら。
攻撃を受ける必要すらなかった。
意思がない。
実体もない。
見抜けば終わり。
だが今は。
違う。
幻影の剣が。
レオンを殺せる。
「どうだ!」
二人のオスカーが左右へ分かれる。
「これでも俺の《幻影》は役に立たないか!」
同時に踏み込む。
レオンは剣を構えた。
右。
殺意。
左。
何もない。
どちらが本物かは分かる。
しかし。
どちらの剣も本物だ。
ガキン!
一撃を受ける。
身体を回転させ、もう一撃をかわす。
オスカーの剣が頬を掠めた。
細い血が流れる。
「レオン!」
オスカーが叫ぶ。
「俺はもう、あの頃の俺じゃない!」
レオンは答えない。
「お前に勝てなかった俺じゃない!」
幻影が迫る。
受ける。
重い。
「俺の《幻影》は完成した!」
さらにオスカー。
剣。
受ける。
押される。
「これで――」
オスカーの顔に笑みが浮かぶ。
「俺はお前を超えた!」
レオンの背中が木へぶつかった。
逃げ場がない。
正面にオスカー。
右に幻影。
二つの剣が上がる。
「終わりだ!」
同時。
レオンは――。
剣を下げた。
「……?」
一瞬。
オスカーの表情が変わる。
レオンは。
幻影を見ていなかった。
オスカーだけを見ている。
「何だ、その目は」
「オスカー」
「何だ!」
「一つ、勘違いしている」
「……何?」
「私は昔、お前の《幻影》を見破ったから勝ったわけではない」
オスカーの顔が歪む。
「負け惜しみか!」
二つの剣が振り下ろされた。
その瞬間。
レオンが動いた。
幻影の剣。
半歩。
それだけでかわす。
オスカーの剣。
レオンの刃が横から叩く。
軌道が逸れる。
「なっ――」
懐へ。
レオンの肩がオスカーの胸へぶつかった。
「ぐっ!」
体勢が崩れる。
幻影が背後から剣を振る。
レオンは振り返らない。
身体を沈める。
刃が髪を掠める。
「なぜ――!」
オスカーが目を見開く。
レオンの剣が走った。
幻影の剣を弾く。
そのまま一回転。
オスカーの剣も弾き飛ばす。
カラン――。
剣が地面を転がった。
「……!」
レオンの刃が。
オスカーの喉元で止まる。
静寂。
騎士学校の訓練場。
あの日と。
まったく同じ位置だった。
「……どうしてだ」
オスカーの声が震える。
「実体があるんだぞ」
「そうだな」
「攻撃もできる」
「ああ」
「だったら!」
オスカーが叫ぶ。
「なぜ勝てない!」
レオンは剣を下ろさない。
「お前は一つ、忘れている」
「何を……」
「幻影が強くなっている間も」
レオンは静かに言った。
「私も鍛えていた」
オスカーの目が見開かれる。
「……」
「お前だけが前へ進んでいたわけじゃない」
森に風が吹いた。
オスカーの隣。
幻影の輪郭が揺らぐ。
「私は《真眼》があるから騎士になれたわけではない」
「……」
「剣を振った」
レオンの声は静かだった。
「何度も」
「……」
「何千回も」
幻影が薄くなる。
「守るべき人間がいる時に、スキルが使えなければ戦えません――では、騎士とは呼べない」
オスカーの拳が震えた。
「……黙れ」
「オスカー」
「黙れ!」
オスカーがレオンの剣を払い除けようとする。
その瞬間。
レオンが踏み込んだ。
剣の柄。
腹へ。
「がっ……!」
オスカーの身体が折れる。
レオンは腕を掴み。
地面へ押さえ込んだ。
「離せ!」
「終わりだ」
「まだだ!」
「終わりだ、オスカー」
「俺は……!」
オスカーが暴れる。
「俺は、お前に――!」
レオンの手に力が入った。
「私は」
オスカーの動きが止まる。
「お前と競っているつもりだった」
「……」
「ずっとな」
オスカーの顔から。
怒りが消えた。
ほんの一瞬だけ。
騎士学校にいた頃の少年のような顔になった。
「……そういうところだよ」
小さな声だった。
「何?」
「そういうところが……」
オスカーは地面へ顔を伏せた。
それ以上。
何も言わなかった。
◇
「レオン!」
騎士たちが駆けてくる。
先頭の騎士が、地面に押さえ込まれた男を見て足を止めた。
「ベルグレイヴ卿……?」
「拘束しろ」
「しかし――」
「王女殿下誘拐への関与を認めた」
騎士たちの顔色が変わる。
「……承知しました」
オスカーの両手へ拘束具が嵌められる。
その時。
「レオン!」
今度は。
聞き覚えのある声。
レオンが振り返った。
隠れ家の入口。
ミサキ。
その隣に。
「……殿下」
エリシアが立っていた。
レオンの表情が。
初めて大きく崩れた。
「エリシア殿下!」
駆け寄る。
「お怪我は!」
「大丈夫よ」
「本当に――」
「レオン」
エリシアが微笑んだ。
「ありがとう」
「……」
レオンが俯く。
「私は……殿下を守れませんでした」
「違うわ」
「しかし」
「私を助けに来てくれたでしょう?」
レオンが顔を上げる。
「それに」
エリシアは隣を見る。
泥だらけのミサキ。
「見つけてくれた人もいたから」
「いやぁ……」
ミサキが頭を掻く。
「私は、見つけただけというか」
「それが一番すごいの」
エリシアが笑った。
レオンも。
ほんの僅かに笑う。
その様子を。
拘束されたオスカーが黙って見ていた。
やがて。
レオンが振り返る。
「オスカー」
「……何だ」
「一つ聞く」
「尋問なら王都でやれ」
「お前の《幻影》だ」
オスカーの目が動いた。
「どうやって実体を持たせた」
「……」
「騎士学校の頃のお前には出来なかった」
「人は成長する。さっきお前が言ったことだろう」
「違う」
レオンの瞳がオスカーを見る。
《真眼》。
「お前一人で見つけた方法ではないな」
オスカーが黙る。
「誰に教わった」
「……」
「オスカー」
長い沈黙。
やがて。
オスカーが小さく笑った。
「名前なんて知らない」
「何?」
「顔も知らない」
「なら何を知っている」
オスカーは目を閉じた。
「ただ――」
ゆっくりと口を開く。
「月欠けの紋章がな」
レオンの表情が変わる。
「……月欠けの紋章?」
「ああ」
ミサキの胸が。
どくん、と鳴った。
どこかで。
聞いたことがある。
いや。
聞いたのではない。
見た。
第一の事件。
バルトが売った壺。
その取引相手。
そして――。
闇の中に浮かんでいた。
月欠けの紋章。
事件は終わった。
エリーは助かった。
犯人も捕まった。
それなのに。
ミサキは。
森の奥に広がる暗闇を見つめていた。
何かが。
まだ。
終わっていない。




