第二の事件簿 Episode 6 七人目の正体
「帰ろう、エリー」
ミサキが縄へ手を伸ばした。
その時。
外から。
剣戟。
怒号。
何かが壁へぶつかる音。
戦いはまだ続いている。
「……外」
エリシアが小さく言った。
「大丈夫」
ミサキはエリシアを安心させるように笑った。
「レオンがいるから」
◇
隠れ家の外。
レオンの剣が、黒ずくめの男の武器を弾き飛ばした。
「ぐっ!」
男がよろめく。
踏み込む。
剣の柄を腹へ。
男が地面へ崩れ落ちた。
「次!」
レオンの声に騎士たちが動く。
森の奥に隠されていた建物。
そこには、予想以上の人数が待ち構えていた。
だが。
奇襲さえ受けなければ。
王国騎士たちの敵ではない。
「西側を塞げ!」
「はっ!」
「一人も逃がすな!」
騎士たちが黒ずくめを追い詰めていく。
レオンは建物を見る。
殿下。
ミサキが中へ入っている。
自分も向かいたい。
だが。
まずは外を制圧する。
剣を握り直した。
「レオン!」
声。
振り返る。
オスカーが一人の黒ずくめと剣を交えていた。
「そちらへ一人抜けた!」
レオンが視線を動かす。
建物の裏手。
確かに黒い影が走っている。
「追う!」
レオンが駆け出した。
木々の間へ。
黒ずくめを追う。
速い。
だが追いつける。
距離が縮まる。
「止まれ!」
男が振り返る。
剣を抜いた。
レオンも構える。
その瞬間。
背後から声がした。
「レオン」
聞き慣れた声。
レオンの足が止まる。
振り返った。
「……オスカー?」
オスカー・ベルグレイヴが立っている。
「どうした」
「いや」
レオンが眉を寄せる。
「お前は向こうにいたはずだ」
「片付いた」
「もう?」
「ああ」
オスカーは何でもないことのように答えた。
レオンは一瞬だけ隠れ家の方を見る。
まだ剣戟の音が聞こえている。
「……」
「どうした、レオン」
「いや」
違和感。
小さい。
だが。
何かがおかしい。
オスカーが一歩近づく。
「逃げた奴は?」
レオンが前を見る。
黒ずくめは、すでに姿を消していた。
「見失った」
「お前らしくないな」
オスカーが笑う。
「殿下を攫われ、今度は犯人まで取り逃がすか」
「……」
「騎士学校首席も、随分と腕が落ちたものだ」
いつもの嫌味。
それなのに。
レオンの胸の奥にある違和感は消えない。
「オスカー」
「何だ?」
「なぜここに来た」
「言っただろう。向こうが片付いたからだ」
「違う」
レオンがオスカーを見る。
「なぜ、私がこちらへ来たと分かった?」
「……」
ほんの一瞬。
オスカーの表情が止まった。
「見えたからだ」
「どこから?」
「何?」
「建物と木々で、あそこからここは見えない」
沈黙。
オスカーが笑った。
「くだらん」
「答えろ」
「戦闘中だぞ、レオン」
「だから聞いている」
レオンの右手が剣の柄へ伸びる。
「なぜ分かった」
オスカーの笑みが消えた。
「……相変わらずだな」
「何?」
「細かいところばかり気にする」
オスカーが小さく息を吐く。
「昔から、お前のそういうところが――」
その時。
レオンの背後。
気配。
《真眼》。
反射的に身体をひねる。
剣。
ガキン――!
重い衝撃。
レオンが目を見開いた。
黒ずくめ。
先ほど見失った男が、そこにいた。
「くっ!」
剣を弾く。
男が再び踏み込む。
一撃。
二撃。
速い。
レオンは受ける。
そして。
何かを思い出した。
街道。
エリシアが攫われた時。
背後から現れた男。
剣。
腕へ伝わった、重い衝撃。
七人目。
「……まさか」
レオンが呟く。
黒ずくめが踏み込む。
レオンは剣を受けながら、その目を見る。
《真眼》。
だが――。
ない。
殺意が。
攻撃の意思が。
何も。
「……!」
なのに。
剣は振るわれる。
レオンが男の剣を弾き飛ばした。
そのまま。
胸へ剣を叩き込む。
男の身体が大きく揺れた。
そして――。
崩れた。
血は出ない。
地面へ倒れることもない。
輪郭が揺らぎ。
薄くなり。
消えた。
「……幻影」
レオンが振り返る。
オスカーが立っている。
「お前……」
レオンの顔から、驚きが消えていく。
代わりに。
怒りが浮かんだ。
「《幻影》に実体はないはずだ」
「そうだったな」
オスカーが笑う。
「騎士学校の頃は」
「……」
「いつまで昔の俺を見ている、レオン」
オスカーが右手を上げる。
その隣。
空間が揺らぐ。
人の形。
黒ずくめ。
先ほど消えた男が、再び姿を現した。
剣を握っている。
「スキルは成長する」
オスカーが言った。
「人間と同じようにな」
レオンは黒ずくめを見る。
そして。
ようやく。
あの時の光景が繋がった。
最初にいたのは六人。
倒したのは三人。
逃げたのも三人。
それなのに。
戦闘の途中で現れた、もう一人。
「七人目……」
オスカーの口元が歪む。
「ようやく気づいたか」
レオンの剣を握る手に力が入った。
「あの時……殿下から私を引き離したのは」
「俺だ」
短い答えだった。
森の空気が変わった。
「なぜだ」
「なぜ?」
オスカーが笑う。
「金だよ」
「……」
「十分な理由だろう?」
「それだけか」
オスカーの笑みが僅かに消える。
「何?」
「それだけで、お前が王家を裏切るとは思えない」
「知ったような口を」
「同期だからな」
今度はレオンが言った。
「……」
オスカーの目が細くなる。
「お前は昔からそうだ」
声が低くなった。
「何でも分かったような顔をする」
「オスカー」
「剣も」
一歩。
「成績も」
もう一歩。
「任務も」
オスカーの声に感情が混じっていく。
「いつもお前だった」
「……」
「俺がどれだけ努力しても、最後には皆が言う」
オスカーが剣を抜いた。
「レオン・ヴァルハルトなら、と」
レオンも剣を構える。
「だから殿下を売ったのか」
「違う」
オスカーの目が鋭くなる。
「俺は――」
その隣で。
幻影が剣を構えた。
「お前を超える機会を掴んだだけだ」
レオンは二人を見る。
オスカー。
そして、実体を持つ幻影。
二対一。
オスカーが笑う。
「今度こそ決着をつけようじゃないか」
レオンは静かに剣を構えた。
「……そうか」
「怖じ気づいたか?」
「いや」
レオンの目がオスカーを捉える。
「残念だと思っただけだ」
「何?」
「お前とは、もっとまともな形で決着をつけたかった」
オスカーの顔から笑みが消えた。
「言ってろ」
二つの剣が。
同時にレオンへ向けられる。
そして――。
森に、鋼の音が響いた。




