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証拠は嘘をつかない。異世界科捜研の事件簿  作者: 猫ネコユズキ


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第二の事件簿 Episode 5 残された道標


 北の森。


 騎士たちとともに森へ入ったミサキは、レオンの後を追っていた。


 湿地へ近づくにつれ、地面が少しずつ柔らかくなっていく。


 木々の隙間から光が差し込む。


 その先。


 白い花が広がっていた。


 月雫草。


 湿った大地を覆うように、小さな白い花が群生している。


「……きれい」


 思わずミサキが呟く。


 だが、今は花を眺めに来たわけではない。


 レオンが騎士たちへ指示を出す。


「周囲を調べろ。ただし、むやみに歩き回るな」


「はっ!」


 騎士たちが散っていく。


 ミサキは群生地を見渡した。


 ここを。


 あの黒ずくめが通った?


 エリーも?


 お願い。


 何か残っていて。


 その瞬間。


 視界の中で――黄色い光が浮かんだ。


「……あった」


「ミサキ?」


 レオンが振り返る。


 ミサキはゆっくり進む。


 光っているのは地面だった。


 近づいてしゃがみ込む。


「足跡」


 柔らかい土に、靴の跡が残っている。


 一つではない。


 いくつも重なっていた。


 その周囲では月雫草が折れ、泥の中へ踏み込まれている。


「複数人が通ってる」


 レオンもしゃがみ込んだ。


「方向は?」


 ミサキが足跡を目で追う。


「向こう」


 森の奥。


 レオンが立ち上がる。


「追うぞ」


 一行は足跡を辿った。


 湿地を抜ける。


 だが地面が硬くなるにつれて、足跡は次第に薄くなっていく。


 やがて。


「……ここまでか」


 レオンが立ち止まった。


 土の上から痕跡が消えている。


 森の中には道らしい道もない。


「手分けして――」


「待って」


 ミサキが言った。


 視界の端。


 小さな黄色い光。


「何かある」


 葉の端に。


 ほんの小さな染みが付いている。


 ミサキが顔を近づけた。


 赤黒い。


「……血?」


 レオンの表情が変わる。


「殿下のか?」


「分からない」


 ミサキは即答した。


「これだけじゃ誰の血かなんて分からないよ」


 だが。


 黄色い光は、それだけではなかった。


「あっちにも」


 数歩先。


 今度は木の幹。


 指で擦ったような、小さな赤黒い跡。


 さらに先。


 岩の表面。


 そこにも。


「……血だ」


 レオンが呟いた。


 ミサキは三つの血痕を見比べる。


 葉。


 木。


 岩。


「おかしい」


「何がだ?」


「血が流れてるなら、普通は下に落ちるよね」


 ミサキは地面を見る。


「でも、地面にはほとんどない」


 もう一度、木の幹を見る。


 高さは腰のあたり。


 葉も。


 岩も。


 人が歩きながら、手を伸ばせる位置。


「これ……」


 ミサキが立ち上がる。


「誰かが、わざと付けてる」


「わざと?」


「あくまで推測だけど」


 ミサキは森の奥を見る。


「道を残してるんだと思う」


 レオンの目が見開かれる。


「まさか……」


 ミサキは頷かなかった。


 まだ分からない。


 エリーの血だという証拠はない。


 だけど。


「行こう」


 黄色い光は。


 森の奥へ続いていた。


     ◇


 ――少し前。


 エリシアは、男の腕に抱えられたまま森の中を運ばれていた。


 暴れれば逃げられる。


 最初はそう思った。


 だが、すぐに諦めた。


 男は一人ではない。


 ここで無理に抵抗しても、逃げ切れる可能性は低い。


 なら。


 今できることをする。


 エリシアは周囲を見る。


 木。


 草。


 湿った地面。


 見覚えはない。


 自分がどこへ連れて行かれているのかも分からない。


 腕が痛んだ。


 襲われた時、剣の先が掠めたのだろう。


 浅い傷。


 血が滲んでいる。


 これくらいなら。


 神聖魔法を使えば、すぐに治せる。


 エリシアは傷へ手を添え――。


 止めた。


 治したら。


 血も止まる。


「……」


 もう一度、周囲を見る。


 自分には何もない。


 武器も。


 地図も。


 誰かに居場所を知らせる道具も。


 あるのは。


 この傷くらい。


 ――こんなものが役に立つの?


 分からない。


 誰かが気づく保証なんてない。


 そもそも。


 誰かがここまで来てくれるかどうかも。


 それでも。


 エリシアは傷を治さなかった。


 何もしないよりは。


 きっと、まし。


 男の腕が少し緩んだ瞬間。


 エリシアは傷口へ指先を当てた。


 血がつく。


 その指を。


 通り過ぎる葉へ、そっと触れさせる。


 一つ。


 しばらく進んで。


 木の幹。


 もう一つ。


 男たちに見つからないように。


 少しずつ。


 岩。


 枝。


 葉。


 残していく。


「おい」


 エリシアの身体が強張った。


「何をしている」


「……何も」


「今、手を動かしただろう」


 男が睨む。


 エリシアは傷のある腕を見せた。


「痛いのよ」


「……」


「あなたたちに斬られたんでしょう?」


 男は舌打ちした。


「余計なことをするな」


 再び歩き出す。


 エリシアは小さく息を吐いた。


 ばれていない。


 たぶん。


 もう一度。


 指先を傷へ。


 そして。


 木の幹へ。


 誰か。


 お願い。


 気づいて。


     ◇


 どれくらい連れて行かれたのか。


 エリシアには分からなかった。


 森の奥。


 木々に隠れるように、小さな建物があった。


 使われなくなった猟師小屋か。


 あるいは、昔の倉庫か。


 中へ押し込まれる。


「入れ」


「痛っ」


 扉が閉まる。


 両手を後ろで縛られた。


 部屋には古い椅子と机。


 小さな窓。


 それだけ。


 外には見張りの気配がある。


 エリシアは床へ座った。


「……」


 怖くない。


 そう思おうとした。


 でも。


 手が震えている。


 レオンは。


 無事だろうか。


 ミサキとリナは。


 自分がいなくなったことを知っているだろうか。


 お父様。


 お母様。


 エディ兄様。


 セオ兄様。


 みんな。


 今頃――。


「……だめ」


 エリシアは首を振った。


 考えるの。


 今は。


 泣いていても、何も変わらない。


 部屋を見る。


 扉。


 外側から鍵。


 窓。


 小さい。


 身体を通すのは難しそう。


 縄。


 両手。


 神聖魔法。


 傷を治すことはできる。


 でも。


 縄は切れない。


「……」


 エリシアは身体をずらした。


 古い椅子。


 木の角。


 ここなら。


 後ろ手の縄を椅子の角へ当てる。


 擦る。


 少しずつ。


 ギッ。


 ギッ。


 固い。


 すぐには切れそうにない。


 それでも続ける。


 ギッ。


 ギッ。


 手首が痛い。


 皮膚が擦れる。


「……っ」


 それでも。


 止めない。


 その時だった。


 外から。


 音。


 エリシアの手が止まる。


 何?


 もう一度。


 ガキン――!


 金属がぶつかる音。


「ぐあっ!」


 男の声。


 ドン、と何かが倒れる。


 エリシアは息を呑んだ。


 戦っている。


 誰かが。


 来た?


 レオン?


 騎士たち?


 立ち上がろうとする。


 だが両手を縛られたままでは、うまく身体を起こせない。


 廊下を走る足音。


 近づいてくる。


 エリシアの心臓が大きく鳴った。


 味方とは限らない。


 別の犯人かもしれない。


 息を殺す。


 足音が。


 扉の前で止まった。


「……」


 ガチャ。


 鍵が動く。


 エリシアは身構えた。


 扉が開く。


「エリー!」


 聞き覚えのある声。


 エリシアが顔を上げる。


「……え?」


 そこにいたのは。


 騎士でも。


 兵士でもなかった。


「ミサキ……?」


 息を切らし。


 髪を乱し。


 泥だらけになったミサキが立っていた。


「エリー!」


 ミサキが駆け寄ってくる。


「よかった……!」


「どうして……」


 声が震えた。


「どうして、ここが……」


「見つけたんだよ」


 ミサキはエリシアの前に膝をついた。


「エリーが残してくれたから」


「……?」


「血」


 エリシアの目が大きくなる。


「あれ……」


 見つけてくれた。


 あんな小さな。


 誰にも気づかれないかもしれないと思っていたものを。


「ちゃんと、残ってたよ」


 その瞬間。


 張りつめていたものが切れた。


「……よかった」


 エリシアの目から涙が零れる。


「気づいて……くれたんだ」


「うん」


 ミサキが笑う。


 小さな血の跡に込められた、


 ――見つけて。


 その思いは、ちゃんとミサキまで届いた。


 ミサキは縛られた縄へ手を伸ばした。


「帰ろう、エリー」


 王女だからではない。


 第三王女エリシア・ソラリスだからでもない。


 今日出会った。


 大切な友達を連れて帰るために。


 ミサキはここまで来たのだ。

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