第二の事件簿 Episode 4 残された手がかり
「レオン。まず傷を診てもらえ」
騎士の一人が言った。
「この程度なら問題ない」
「血が止まっていない」
レオンは左腕を見る。
鎧の隙間から流れた血が、指先まで伝っていた。
「捜索には我々が出る」
「しかし――」
「その状態で森へ入られても足手まといだ」
言い方は厳しい。
だが、正論だった。
レオンは唇を噛んだ。
「……分かった」
ひとまず傷の手当てを受けるため、リーヴェルの治療院へ向かう。
当然、エリシア誘拐について町には伏せられていた。
王女がリーヴェルを通過していたこと自体、一部の者しか知らない。
ましてや、その王女が何者かに攫われたなど――。
公にできるはずがなかった。
◇
「あれ?」
通りを歩いていたミサキが足を止めた。
「どうしました?」
「あそこ」
ミサキの視線の先。
一人の騎士がこちらへ歩いてくる。
「レオンさん!」
リナが手を振った。
だが。
すぐに、その表情が変わる。
「……え?」
レオンの左腕。
鎧の隙間から、血が滲んでいる。
「レオン!」
ミサキが駆け寄った。
「どうしたの、その怪我!」
「……ミサキ」
「大丈夫なの?」
「ああ。この程度なら――」
「この程度じゃないでしょ」
ミサキはレオンの腕を見る。
かなり出血している。
「治療院へ向かっているところだ」
「何があったんですか?」
リナが心配そうに尋ねる。
レオンは答えなかった。
「……」
その沈黙に、ミサキが気付く。
いつものレオンではない。
怪我だけではない。
明らかに何かを気にしている。
いや。
焦っている。
「レオン」
「何だ」
「……エリーは?」
レオンの表情が止まった。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが、ミサキには十分だった。
「まさか……」
「ミサキ」
レオンが周囲を見る。
人通りがある。
「ここでは話せない」
その言葉で。
ミサキの胸に、嫌な予感が広がった。
「エリーに何かあったの?」
「……」
「レオン」
少しの沈黙。
「治療院へ行く」
レオンは低い声で言った。
「話はそこでしよう」
◇
治療院の奥。
人目のない小さな部屋。
レオンの傷を治療師が手当てし、扉が閉じられた。
ミサキとリナは、その向かいに座っていた。
「……殿下が攫われた」
「え……」
リナの顔から血の気が引いた。
ミサキも言葉を失う。
ほんの少し前まで。
一緒に笑っていた。
焼きリンゴを食べて。
露店を見て。
また会おうと約束した。
「エリーが……?」
「ああ」
レオンの拳が握られる。
「私の目の前で」
「そんな……」
リナが口元を押さえた。
ミサキはレオンを見る。
初めて見る表情だった。
悔しさ。
怒り。
そして――自分自身への責め。
「どこで?」
「町外れの街道だ」
「犯人は?」
「黒ずくめの男たちだ。三人はその場で捕らえた。残りは殿下を連れて森へ逃げた」
「捕まえた三人は?」
「騎士団の詰所にいる」
ミサキは少し考える。
「その人たち、何か持ってなかった?」
「何か?」
「持ち物とか、服とか。どこから来たのか分かるようなもの」
「押収したものは詰所に保管してあるはずだ」
「見せてもらえない?」
レオンがミサキを見る。
「何か分かるのか?」
「分からない」
ミサキは首を振った。
「でも、何か残ってるかもしれない」
服。
靴。
持ち物。
人が移動すれば、何かに触れる。
何かを踏む。
そして、その痕跡を知らないうちに持ち運ぶことがある。
「調べてみたい」
レオンは少しだけ考えた。
「……分かった」
◇
騎士団の詰所。
奥の部屋に、一枚の黒い外套が広げられていた。
捕らえた男が身につけていたものだ。
「他の二人のものもある」
レオンが言った。
ミサキは外套を見つめる。
どこにでもありそうな黒い布。
目立った模様もない。
所属を示す紋章もない。
これだけでは何も分からない。
「……エリー」
ほんの少し前まで、一緒に笑っていた少女。
また会おうと約束した。
なのに今は、どこにいるのかさえ分からない。
何か。
何かないの?
居場所につながるもの。
この人たちが、どこから来たのか分かるもの。
ミサキは外套を見つめ続ける。
その時だった。
視界の端で――。
黄色い光が瞬いた。
「……!」
ミサキが目を見開く。
《科捜研》。
外套の裾。
そこに、小さな黄色い光が浮かんでいる。
「ミサキ?」
レオンが声をかける。
「ちょっと待って」
ミサキは外套へ顔を近づけた。
光っている場所に、何かが付着している。
指先で慎重につまむ。
「……種?」
小さな種だった。
表面には、細かな棘のようなものがある。
「これ、何だろう」
「見せてください」
リナが横から覗き込んだ。
そして。
「あ」
声を上げる。
「これ、月雫草です」
「月雫草?」
聞き覚えのある名前だった。
ミサキは記憶を辿る。
森の湿地帯に群生する白い花。
花が終わる頃には、小さな棘のある種をつける。
服や動物の毛に、簡単にくっつく。
「これが月雫草の種……」
「はい」
リナが頷いた。
「この辺りだと、北の森に群生地があります」
「北の森?」
「湿地になっている場所です。町の人なら知ってますよ」
レオンが種を見る。
「つまり、この男たちはそこを通った?」
「可能性はある」
ミサキは答えた。
「でも、これだけでエリーがそこにいるとは言えないよ」
「どういうことだ?」
「この種がいつ付いたのか分からないから」
ミサキは外套を見る。
「今日、この人たちが襲撃の前に群生地を通ったのかもしれない。でも、もっと前に通った時に付いた可能性もある」
月雫草の種が付いている。
それは事実。
けれど。
その事実だけで、エリシアの居場所まで決めつけることはできない。
「証拠は、分かること以上のことまでは教えてくれない」
ミサキは小さな種を見つめた。
「でも――」
顔を上げる。
「他に手がかりがないなら、調べる価値はあると思う」
レオンが頷いた。
「場所は分かるか?」
「はい」
リナが答える。
「案内できます」
「リナも行くの?」
ミサキが驚く。
「行きます」
リナは迷わなかった。
「エリーは、私の友達ですから」
「……そっか」
ミサキは微笑んだ。
そして、もう一度、小さな種を見る。
月雫草。
ほんの小さな手がかり。
それがどこへ繋がっているのかは、まだ分からない。
それでも。
今は、その痕跡を辿るしかない。
「行こう」
ミサキが言った。
「エリーを探しに」




